非業の死を遂げた勇者は神様の気まぐれで、転生ではなく生き直しを余儀なくされる~二周目なのに全然上手く立ち回れないのだが?

ZONO

プロローグ 勇者の果て

「――さて、キミで四十二人目の勇者なわけだけど、転生になんか希望はある?」

 

 ――俺がユノをあんな目に……。


「おーい、もしかしてここで回想入っちゃう感じ? 勘弁してよねー……あ、これ新刊出てるじゃん」 


 ***

 

 王城一広いはずの謁見の間は見るも無残な瓦礫の山に変貌を遂げていた。もはや部屋を分ける壁は取り払われ、精緻な彫刻を設えられた柱は何本も折れていて、今にも崩れ去りそうな塩梅あんばいであった。

 

 煌々と燃え上がる炎。

 いくつも立ち上る煙柱。

 何者の悲鳴も上がらなくなった惨状。


「――ハアアァッ!」

 

 瓦礫を踏み砕くほどの力を左足に込めて、怨敵との距離を一瞬で詰める。

「そう急くな、勇者。魔王は、わらわは逃げない。一歩たりとも退かない。それとも何か? 口吸いでも求めに来たか?」

 

 振りかぶった剣は真っ黒な硬皮で覆われた長い尻尾で、易々と受け止められる。

 勇者たるに相応しい人間が聖剣を鞘から抜くことができれば、聖剣はどんな悪も退け、勇者の敵を斬り伏せる。

 そんな聖剣で魔王が斬れないとは……もっとマシな冗談を用意してほしかったものだ。

 

 ――洒落になってねえ。

 

「馬鹿言って……くれるな、年増と口付けなんて死んでも御免こうむる」


「……元より、人間風情と交わすほど破格でもないが――妾も女よ」


 精一杯の虚勢を張った人間風情は、魔王の尻尾の一振りで残り少ない壁まで打ちつけられ、魔王の放つ拳撃のその余波でヒビが入り、俺を凌駕する速度で距離を詰めてきた魔王のダメ押しに繰り出した蹴りによって、俺もろとも完全に崩壊する。


 内臓がない交ぜになるほどの衝撃に、これで何度目かも分からぬ嘔吐感に耐えかねて胃液と血をまき散らす。勇者の体の頑丈さに甘え、回避を怠ってきた自分を憎む。減らず口、憎まれ口、無駄口、売り言葉ばかりが一丁前に勇者していると思うと、乾いた笑いすら出てこない。


「トーマ!」


 後方で支援魔法をかけ続けてくれるユノの悲鳴を聞いて、落ちそうになった意識に喝を入れる。もはや肉体強化も回復すら追いつかないほどに疲弊しきったこの体が、この身が滅ぼうとも――。


 それが蛮勇であると分かっていながら。


「妾に限らず、女に齢のことを言うとこうなるよのぅ」


 迫る豪脚。

 魔王の余力を残したひと振り、目前にある死を悟ってなお思いとは裏腹に回避の取れない体は生きることを諦めていた。


「トーマから離れて! ――『聖絶せいぜつ』!」


 俺と魔王の間に現れる光の壁。壁の向こうに確かにあった死が遠ざかる。

 

 術者が敵と認識したその全てを退け、拒絶する魔法。ユノが救世の聖女として崇められる所以。世界唯一の『聖魔法』の使い手。

 

 放たれた光を浴びて魔王は渋面を示し、後方へと距離を取る。

 舌打ちを漏らして一瞬、激情を露わにして見せた魔王は、光から目を逸らし、握りこぶしほどの大きさをした城の装飾品だったはずの宝石を拾う。一見不可解な魔王の行動を見て、痛みで回らぬ思考よりも先に本能が、目の前の害意が何をするのかを悟った。


「妾は――逃げた、退いた。甚だ遺憾だが、勇者より先にそれをやってのけたそこの女には褒美をやらねばな。間に合わせで悪いが、貰ってはくれぬか?」


 忘れていた、失念していた、あの魔王は存外プライドが高いことを。


「誰がアンタなんかから――」


「ユノ! 逃げろ!」


 ユノの喧騒と俺の叫び。


「勇者よ、その気づきは遅すぎるぞ」


 こちらへ向ける魔王の悪辣な笑み。

 立てよ。走れよ。飛び込め。剣を振るえ――。

 

 風切り音。

 

 直後、鈍い音がした。

 何かの滴る音がした。

 必死に生きようと喘ぐ声にならない声がした。


 俺と魔王を隔てていた光壁が消えていく。


「と――ぁ……にげ――」


 ――なんで。


 ――どうして。

 

 ――――。

 

 ――ユノの胸に開いた穴はその死を確固たるものにしていた。

 魔王の放った宝石がユノの身体を――。

 

 あっさりと人が死んだ。

 簡単に人が殺された。

 魔王の矜持とやらのために。

 

 その事実を目の当たりにして、俺は――。


 俺が護らねばならなかったのは人類だろう。俺が気にかけねばならなかったのは人類の存亡だろう。俺の為すべきことは魔王を、悪を断罪することだ。俺のやるべきことは人類の救済だ。俺はそのためならなんだってやってやる。俺はそのためならなんだって捨ててやる。


 俺は――。


「耳元を飛ぶ羽虫が死んだ程度で、己を捨てるか」


 魔王から距離を取らず、息もつかず、全力の剣撃を縦横無尽に繰り出す。

 魔王は魔力で硬化させた腕で軽々と弾き、手で受け止め、受け流す。


「貴様ら人間の下らぬ『仇討ち』とやらもせず、『勇者の正義感』でしか動けぬ木偶人形にこの妾が、この魔王が負けるはずも、傷つくことすらなかろうて。なあ? ――勇者」


 筋肉が断裂し、骨が折れる音を聞き、襲う痛みに抗って、全身の限界を全て取り去ってまで放った渾身の一撃が、聖剣の煌めきが尾を引くほどの斬撃が――。

 魔王の胴を横薙ぎに切り払うことはなく、剣を振るう両手が宙に舞うのを、血をまき散らしながら地に落ちていくのを見るに留まって。

 そうしてようやく、俺は勇者の矜持を捨てられた。勇者という役目から解き放たれた。


「これが人類の最後の希望とは――他愛ない、呆気ない、拍子抜けの消化不良もいいところだ」


 あまりの脆弱さに呆れ果て、唾棄する魔王の前に倒れ伏す。

 支えるモノ全てが消え失せた身体。


「妾と戦おうなどとなぜ考えた?」


 純粋な疑問は邪悪な拷問へと変貌し、足が踏み砕かれる。体がさらに重くなる。

魔王を倒すと掲げ、そのためだけに生きてきた二十年、その全てが否定されていく。

 

 最優の勇者トーマと救世の聖女ユノは最凶の魔王に手も足も出なかった。

 

 俺は――人類を救えなかったんだ。

 

 だが俺は、自分が全てを賭してやってきたことのはずなのに、そこまでやって完全敗北を喫したのに、なんの感情も湧いてこなかった。

 ただただ空っぽだった。

 

 そこで終えようとして、終わろうとして、血の匂いと土埃の中に混じる嗅ぎなれた、いつも横にあった、背を守ってくれていた優しい彼女の香りに撫でられ、途切れかけた意識がひと際強く覚醒する。 

 

 まだ死ぬなと言ってくれているのか、生きろと言ってくれているのか。

 考えすぎかもしれない、もしかすると呪いなのかもしれない。

 しかし、生きろと呪うのであれば、それは実に彼女らしいではないか。

 

 ――ユノ。

 

 愚かな勇者に付き添ってくれた優しさに溢れた女の子。

 ユノのことを今まで忘れていたかのように、ユノへの想いを今さら思い出したかのように、堰を切って溢れてきて――。

 

 首を、手足の千切れた体をがむしゃらに動かし、血が流れるのも厭わず、ユノの元へ。

 

 乾ききっていない血だまりで体が濡れる。痛覚すら麻痺した皮膚に触れるユノの血は異様なほどに冷たかった。完全に見開かれた目は、銀色に輝いていたあの目は、光を失い鈍色に。目と同じ色をしてきらきらと艶めく髪の毛は血に染まり、土埃に塗れ、およそ人の迎える静かで安らかな死とは程遠かった。


 他人を救うと意気込んで、それを成し遂げてきたユノに訪れるべき死がこんなものでいいはずがなかった。

 死地にまで付き合ってくれた女の子にしてほしい姿ではなかった。

 遅すぎる後悔が俺の胸を引き裂く。

 ユノと……ユノだったものと目を合わせ、初めて感情が、激情が体を襲う。

 

 何が勇者だ。

 どうして勇者に。

 俺のくだらない志がユノを殺した。

 魔王を殺すと、人類を救うとのたまった俺がユノを死に追いやった。


 ――ユノは最期まで俺を気にかけて……。

 

 なのに、なのになのになのに!

 俺はいったい――何を……。

 

 目ににじむのは血か、涙か――。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

 第一話をお読みいただきありがとうございます!


 WEB投稿は初の試みですので、至らない点もたくさんあるかと思いますが、よろしければ生暖かい目で作品のフォローや、★を付けるなどして応援いただけると、とても嬉しく思います!


 執筆のモチベーションにも直結いたしますので、何とぞよろしくお願いいたします。

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