火の手を持つあの子

絲川三未

火の手を持つあの子

火の手を持つあの子が、怒ってしまった。

最初にそれを見つけたのは西の空だった。

彼女の大好きな人が嘘を吐いたから、と。


彼女の手は触れるものを焼き尽くし、

彼女が住む街でいちばん大きな森にも火の粉が及んだ。


真夏の強い陽射しから守ってくれた木々も

大好きな人と何かから隠れるようにひそひそ話しあった茂みにも

彼女の怒りは飛び散って、次から次へと燃え移っていった。


思い出の森のおなかから、メキメキと亀裂の音が響いている。

彼女には今、どんな音が聴こえているのだろうか。


刻一刻と、宵が深まっていく空、

第一発見者の西の空はもう眠りに落ちて、

今は瞬くお遣いたちが、ひっそりと世界を見守っている。

彼女のことも。


あの子がどこかへ行って、

これ以上なにもかも燃やしてしまわないように、

嘘をついた大好きな人が突然やってきて、

再び傷つけたりしないように、

そして、その人を焼き殺してしまったりしないようにと。


でも、彼女はそんなことをしないと使者たちは気づいた。

たしかに怒りの炎は手のなかで増幅しているようだ。


でも、その反面、


マグマのような力を持つあの子の心は、

氷の世界に佇んでいる。

誰もいないひとりぼっちの季節にいるみたいに。


本当はだれかに聞いてほしいのに、

彼女が近づいて触れたものは、

次から次へと燃えてしまう寂しさがあった。


やり切れない思いを抱えた彼女の目から

おおきな滴がこぼれ落ちた。


真珠のような玉。


たくさんたくさんこぼれて火の手に降りかかると、

それは本当に宝石になった。


彼女の炎となみだが起こした反応、

吸い込まれるほど透きとおっていて、

かなしくなるくらい綺麗な石。


それは、捕らえることのできない心も、

世界を焦がす烈しさも、

みんな閉じ込めたうつくしい結晶で、


その宝石は、

火の手で触れても、焼き尽くすことができなかった。

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火の手を持つあの子 絲川三未 @itokawamimi_

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