第三章 課内会議

いくつかの机を重ねてつくられている会議テーブルに少し席を余らせ、十数名の社員が企画書のコピーを前にして次々と発表される話を聞いている。

時には、ホワイトボードに赤や黒のマジックを使って説明する者もいる。

 

週一回行なわれる会議では、まだ初期段階のものからすでに商品化して販売しているものまで、かいつまんで各自担当している仕事を報告するのである。


そうする事で課内のコミュニケーションを円滑にし、かつ各自の情報を分け合う事を目的としている。特にこの営業二課は青井が転勤してきたばかりという事で、いつもより長めに丁寧に発表させていた。


ひとみは、それぞれの発表を簡潔な文章で議事録にまとめる役割である。

小さな手にサインペンを持ち、きれいな字で正確に綴っている。 


青井はいつも口うるさい爆弾のような女ではあるが、分かり易い的確な表現の議事録や、手際の良いワープロ等の作業には素直に評価していた。


仕事は真面目で、よく気がつく。

給湯室でさぼるわけでもなく、活き活きと仕事をしている姿は好感が持てるのだ。


が、やはり苦手だと思った。


禁煙パイポを口にくわえ、上下に振って、もてあそびながらチラッとひとみを見たが、目が合いそうになると慌てて逃げるようにそらした。 

発表が一区切りし担当が代わる間、顔を上げたひとみは青井を見て厳しい表情になった。


相変わらずの不精髭で、寝癖もついている。


シャツ等はクリーニングに出しているのか、奥様がいてまめに洗っているのだろう、真っ白で糊がきいている。

それにもかかわらず、襟元は何か不自然に開いてネクタイもよれている。


本当に器用に、だらしない格好ができるものだと感心する。

青井のネクタイが、まっすぐになっているのを見たことがないと思った。


今も禁煙パイポをラジオ体操のように上下に振ったかと思うと、規則正しく横に動かしている。

バカバカしい仕草に、思わず噴き出しそうになったのを必死にこらえたので、ついキツイ表情になったのだ。


そうしている内に少し額が上がり始めて、頭髪のカラータイマーが鳴りかけている高橋(三十二才)が得意気に発表しはじめた。


「えー、ですから、このレトルトカレーは

今までになく贅沢に肉や野菜等が入っており、

画期的なヒット商品になる事は間違いありません。


すぐに丸山食品に販売計画を提出して

契約したいと思います。」


ひとみは議事録を書きながら、ペンを走らす気をなくしていた。


(あーあ、何、言ってるんだか、この人は?

いっつも、調子いいのよね・・・。


そんな事言っても、

ちゃんと販売するまですごく時間がかかるし、

途中でボツになった企画も多いのよねー・・・。


こんなの議事録に出来ないわ。

たいしてリサーチもしないで、

思い込みが激しいんだから・・・。


このカレーにしたって、

同じような物もういっぱい出てるし、どこが画期的なのよ?


具体的数字が何もないじゃない。

調査はどのくらいしたの、アンケートは?

私が課長だったら、すぐボツにするんだけどなあ。

経費がかかるだけ、無駄だわ・・・)


自分が事務員でなければ、余程言ってやろうかと思った。

事実、前の課長はおとなしい人で何でも部下の言う事に口を挟まず、事なかれ主義の人だったので時々、会議がじれったくなることがあった。


ただ四課の課長よりは、マシであったが。

あそこの課長の横田(四十三才)は、とにかく口をはさみまくるのだ。


言いたいだけ揚げ足をとって、何回も企画をやり直させては部下をクタクタにさせている。

そのくせ具体的な指示はいっさいせず、抽象的な表現ばかり言うので部下はどうしていいかわからず、失敗しても自分は、そうは言わなかったと逃げるのだ。


年功序列と上司への媚で、課長になったような男であった。

高橋の得意気な演説がひととおり終わると、青井が言った。


「あー、ホーかぁ・・・。

うーん、そやけどなー、それ・・・

コスト、どのくらいかかるん?


利益率は、何食に対しての数字やのん?

一万食と百万食とでは仕入れ値が全然、違うでぇ。


アンケートは、首都圏っていうけど、どこなん?

2、3軒のスーパーでちょこちょこ、やってもなー。


ただ数字があるだけで、この調査報告書は

ちょっと思い込みがあり過ぎて、

客観的に見られんなー・・・」


青井の質問に、シドロモドロになって高橋が答えている。


ひとみは、意外にするどい突っ込みをする青井に驚いていた。

しかも自分が考えている事を言ってくれて、胸がスーッとした。

 

(そーよ、そーよ・・・。

こんなくだらない企画、壊したほうが、

赤字出さない分いいわぁ・・・)


そう思い、期待していると。


「うーん、ちょっと、突っ込みが足らんなぁ。

レトルトの贅沢カレーちゅうんも

使い古された企画やし・・・」


「えっ、で、ですがぁ・・・」

高橋は泣きそうな顔をした。


今まで前の課長に甘やかされていたので、こんなにズケズケ指摘された経験があまりなかったのだ。

ひとみは満足そうに議事録のペンを走らせている。


(そーよ、ダメなのよ、こんな企画・・・。

たまには、あいつもいいこと言うわ。


こうなると、あの関西弁が効果抜群ね。

じゃあ、この企画はボツ・・・と)


さすがにそうは書かないが、検討中とでも書こうと思っていると、青井が言った。


「そやけど、そんな事ゆうてたらどんな企画でも

スーパー、ウルトラ・・

みたいなもんばっかりになってしまうやろ?


そんなん、年に一回、あるかどーかやで。

みんなもよー、聞いてくれるか?


あんまりカッコつけてもいかんのや・・・。

ホームランやヒットばっかし狙っとったら、

うまいこといかんし・・・疲れるでぇー。


まずはちょっとでもええ、前に進むことや。

たとえばこのカレーかて、

高橋君がゆうみたいに画期的とはいかんでえけど・・・な。


そんなに捨てたもんでもないんやと思う。

アイデアそのものは古うても、

それをもっと掘り下げたら、ええもんになると思うわ。


アンケートも大々的にやると、金かかるけど・・・

ほら、昨年、一課の方でラーメンのアンケート、

ごっついのやったと田坂が言うとったし、

俺から言うて、そのデーターもろたるわ。


そのものズバリとはちゃうけど、

けっこう、参考になると思うんや・・・。


それに他の課や、うちの部署にも色んなデーターあるやろ?

悪いけど高橋君、調べてくれるか・・・。


あとなー、贅沢な具とかは仰山、出てるけど・・・

無農薬とかと合わせて、徹底的にやっとるのは、

まだ、あんまりないやろー?


俺、大阪におった時、その方面の仕事けっこう、

やったんねん・・・。


あとで資料渡すし一緒にその会社にも行こか、高橋君?

そしたら、この企画、そんなに捨たもんちゃうでぇ」


そう青井に言われて、高橋の顔はみるみる生気を取り戻してきた。

自分でも薄々、いつも中途半端な企画に終わってしまっていた事に気づいていた。


何より、青井の持つ仕事の資料の正確さは評判であったので、今度の企画は本当にうまくいきそうな気になり、やる気が出てきたのである。


「はい、そうですね。

僕も、もう一度調査し直してみます。


それと課長の資料をいただいて、

無農薬関係の資料も整理して、

あとそれを飼料としている牧場なんかも

いくつかあたってみます」


「そら、ええ事に気がついたなあ、

肉にまで気ぃつこたら、ええで・・・。


あと・・・数字はな、

あんまり細かーこだわってもいかんでぇ。


アバウトでもええから、

ハッキリ善し悪しがわかるように作るんや。


カッコつけて無理矢理マルばっかし作ってもあかん。

バツとかなかったら、調査にはならんからなぁ・・・」


「は、はい、すみません」

高橋は顔を赤くして言った。


さっきの報告書がまさにそうだったのだ。

しかし、満足そうに企画書を束ねると席に座り直した。


ひとみは、自分の顔色が人にわからぬように下を向いてペンを走らせている。

恥ずかしくて耳元まで真っ赤になっている。


自分は無責任に企画をボツにする事ばかり考えていた。

それでは四課の横田課長と同じではないか。

 

揚げ足をとるのは誰にでも出来る。

でも、それでは仕事にならない。


会社としては成立しないのである。

青井は悪い事はするどく指摘したが、すぐ具体的な方策を提案し、的確な資料の提供も指示した。

 

今の会議で、高橋の企画はほぼ骨組みが出来たのも同然ではないか。

何よりも、部下のやる気がいつのまにか出るような説得力もある。


自分は意見等しなくてよかったと、心底思った。

それと同時に、この男の優秀さを認めるのが少し悔しく思った、ひとみであった。


次に山中圭介が立ち上がり、自分の企画を発表している。

ひとみは、この男を憎からず思っている。


彼はひとみと同期入社で、W大出身の二十六歳で若手有望株である。

背も高くハンサムで、社内の女性には人気があった。


「えー、僕のはまだアイデア段階なのですが・・・」

就職氷河期世代のエリートにもかかわらず、謙虚で人当たりもよく素直なのだ。


企画にしても高橋のように、独り善がりに走ったりせず必ずこうして初期段階から会議にかけるなりして、他の人の意見を聞くようにしている。


「先日、経済新聞で世界的な食品会社であるメスレ社が、

この度新しい種類のバイオ食品の開発に着手するとありました。


一応広報に問い合わせてみたところ、

現在技術提携する企業を募集中とのことです。


何を商品にするかは僕も素人なので

わからないのですが薬品会社、ベンチャー企業等、

数十社に電話等でアンケートをとったのがこのコピーです」

 

それらは一覧表にきれいに整理されており、簡単ではあるが様々な種類の会社の得意部門が記されていた。

青井はしばらく真剣に目を通してから、顔を上げて言った。


「うーん・・・おもろいな。

もしかしたら、いけるかもわからん。

まー、勘やけど・・・。


ただ、これだけの資料やと予算もおりんし・・・。

そや、今日午後にでも、そこの日本支社に行こか?

メスレやったら、大阪でも何回か仕事したし、

俺の知っとる人に電話で紹介してもらうわ・・・」


青井に言われて、山中は顔をほころばして元気よく答えた。


「はい、ありがとうございますっ」


ひとみは、山中達がうらやましかった。

前の課長では感じなかったのだが、青井の話を聞いていると、どの仕事もおもしろそうに思えるから不思議であった。


自分もこうして飛び回れたら、楽しいだろうなと思う。

青井と一緒に・・・急にブルブルと頭を振った。


(じょ、冗談じゃないわよ。何、考えてんのよ、私?)


会議が次々と進む。

今日は時間が早く過ぎていくと、ひとみは思った。


他のみんなもそれぞれペンを走らせ、熱心にメモをとっている。

いい雰囲気になってきている。


最初の内、関西弁できつく言われるのに戦々恐々としていた彼等であったが、この頃ようやくそのアクセントにも慣れ、言ってるわりには優しさが垣間見える気がしていた。


春になって徐々に日差しが強くなるのか、窓から見える高層ビル群の影のシルエットも強くクッキリしだしている。

その圧倒的なボリューム感が、今日は新鮮に感じられた。


ゴールデンウイーク前、朝の会議の事であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る