第四章  社員食堂

ステンレスパイプの列に白いプラスチックのお盆を乗せ、そこに好みのおかずを揃えていく。

人の群れがベルトコンベアーのように、厨房の前を流れていく。


運良く窓際の席を確保したひとみと優子は、お盆を置くと同時にため息をついた。

二人はそのタイミングがあまりにもピッタリだったので、思わず吹き出してしまった。


「どうしたのよ、優子?」


「あなたこそ・・・

いつも元気いっぱいのくせに。

又、青井課長とやっちゃったの?」

 

優子は、そう言いつつも不思議であった。


青井とひとみが何か言い合いとなっても、こうまで肩を落とすのは見たことがなかった。

それどころか、ますます肩をいからせて青井の悪口をまくしたてているのが、普通であったのだ。


「う~ん、その逆なの。

私、自分がイヤになっちゃった・・・」


ひとみは朝の会議の事を優子に話した。


「へえー、そう言えば山中さんも新しい課長になって、

仕事が楽しくなったって・・・。

やっぱり噂だけはあるわね、青井課長・・・」 


優子は笑いをかみ殺して興味津々に、ひとみの様子をうかがっている。

ひとみは、そんな優子の眼差しに気づいて言った。


「で、でもそんな事で私、

あのタコ焼きの事・・・

見直したりしないわよ」


最近ひとみは、青井の事を『タコ焼きのオッちゃん』と優子には言っていた。


「だって、今日の服装だって見たー?

せっかくきれいにクリーニングされたような

シャツ着ているのに、何かだらしないしぃ、

不精髭も相変わらずで、会議中なんか禁煙パイポで

ラジオ体操やってるのよぉ・・・」


テーブルのようじを取ってひとみがそれを真似ると、優子は食べていたスパゲッティを吹き出しそうになった。


「ちょっと、やめてよー。

何、それー・・・・・?


縦縦、横横はわかるけど、

最後の一回転させるのはー・・・」 


ひとみもつられて、二人はしばらくクスクス笑っていた。

ひとみは、目に滲んだ涙をぬぐいながら優子に言った。


「あー、おっかしー・・。

私、会議中笑いこらえるの、

必死だったわよ・・・。


それより優子、あんたも何かあるんでしょ?」


ひとみに言われて、思い出したようにスパゲッティをフォークでもてあそびながら、きまり悪そうに言った。


「うーん、私のは大した事じゃないし、

よくわからないんだけど・・・」


ひとみは自分の話す番が終わったので、勢いよくカレーを小さな口に詰め込んでいる。


「田坂課長の事、なんだけど・・・」


ひとみはその名前を聞いて喉に詰まりそうになり、慌てて水で流し込んだ。

いつもながら田坂の事となると、すぐ反応するひとみを見て、何て分かり易い性格だと優子は思った。


「何かこの頃元気がないのよ。

よくボーッとしている時が多いし、

今朝の会議もいつもと違ってあまり意見も言わなかったし、

ひとみじゃないけど、ちょっと心配なのよ」


ひとみは顔を赤らめて言った。


「な、なによ、どういう意味よ、それ・・・」

 

優子はサラダを器用にフォークでさして、口に運んでいる。

そして、呆れた顔をして言った。


「よく言うわよ、田坂課長の事、

意識しているくせに。

見え見えよ、アンタ・・・。


でも、チャンスかもよ、これは・・・。

あくまでも勘だけど課長、奥様と別居されてるみたいなの。


電話とか取り次いだり、

近くで少し会話も聞こえてくるからなんだけど・・・」


ひとみは、不謹慎ながら顔を輝かせて聞いている。


「以前は奥様の誕生日とか結婚記念日には、

必ずプレゼント買う時アドバイスを求めてくるのに、

今年に入ってからそういう事ないし、

家に電話する事もなくなったの・・・」


食後のセルフのコーヒーを、二人は取ってきて再び座り直すとひとみが言った。


「じゃあ、田坂課長と、

もし・・・なっちゃっても、

不倫には、ならないんだぁ・・・」


優子はあくまでも脳天気な親友を見て、呆れた口調で言った。


「何、言ってるんだか・・。

本当にお気楽ね、あんた・・・。

でも、こういう人の方が合うのかもね、

課長には・・・」


「ちょっとー、どういう事よ、

それ・・・。

あっ、あんたも、まさか課長の事・・・?」


コーヒーを吹き出しそうになって、優子はむせながら言った。


「私はあんたと違ってノーマルよぉ。

結婚するなら・・・

そうね、山中さんみたいに相応の年の人がいいわ」


そう言って、顔を隠すようにコーヒーを飲み干した。


「どうもすみませんね、

アブノーマルな中年好みで・・・」


いじけながらも、どこか嬉しそうなひとみであった。

二人は又目を合わせると、再び笑い出してしまった。


箸が転げてもおかしい年頃である。

食事を終えて席をたつ人が増えてきた。


午後の仕事にそなえ、二人も食堂を後にする。

高層ビルの窓は開かないので外の様子は分からないが、下の公園の木々が揺れている。

風があるのであろうか。


しかし、今日もいい天気・・・である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る