第2話 5

 アリシア様主催のお茶会から一週間。


 わたしを揶揄する陰口は表向きは聞こえなくなりました。


 学園生活は穏やかなものとなりましたし、アリシア様もあの日見せた憂い顔なんて幻だったかのように、変わらず厳しく指導を続けてくださいます。


 ――そうです。


 あのお茶会は差し当たっての試験のようなもので、アリシア様の目指す到達点ではなかったのです。


 けれど、この頃にはわたしもだいぶ鍛錬に慣れてきて、生活の一部となってきていました。


 アリシア様もわたしの習熟速度を把握してきたのか、このところは極端に無茶と思える鍛錬を課してはきません。


 ですが、それが逆にわたしの不安を掻き立てるのです。


 あの日のアリシア様の憂い顔と――その横に立つアベルの存在。


 わたしにパーティから追放されて、心を入れ替えたと考える事もできるかもしれません。


 ですが、お茶会でわたしをわたしと気づかずに向けてきた、あの視線は彼の中身がまるで変わっていないと思わせるには十分な要素で。


 頭のあまりよろしくないわたしには、こういう時どうしたら良いのか妙案が浮かびません。


 勇者の時は、怪しいと思った方がいたら首根っこ掴まえて、ボコボコにして真意を吐かせてきましたし……


 それとなくアリシア様にヤツが普段どうしているのか尋ねたところ、騎士養成所で訓練中なのだそうです。


 いかに冒険者として戦闘能力が高くても、それだけで騎士が務まるわけではないですものね。


 特にヤツはドが付くバカですし。


 作法や集団行動などを叩き込まれているのでしょう。


 基本的にわたし達、学生は休日以外は学園から外に出られません。


 全寮制の為に生活は学園の中だけで完結しているのです。


 陛下やお祖父様との約束。


 そして環境。


 それらに邪魔されて、わたしはアベルの真意を掴みかねているのです。


「――ウィンスターさん、聞いてますか?」


「うぇ? あ、はい!」


 授業中にそんな事をぼんやり考えていた所為で、わたしは先生に注意されてしまいました。


 クスクスとクラスメイト達が笑うけれど、以前のような冷笑ではありません。


 単純にわたしの上擦った返事がおかしかったのでしょう。


「今は授業中なのですから、授業に集中なさい。

 ――この文を読んで、訳してごらんなさい」


 と、先生は黒板に書かれた文章を示しました。


 今は古文の時間で、黒板の問題はダストア王国の前身ルキウス帝国が興るよりさらに前に栄えたという、古代文明ツガルの言葉で書かれていました。


 ダストアにはツガルの大集落があったそうで、遺跡がたくさん発見されるのです。


 元冒険者ナメんなよ。


 冒険者ギルドの受付のおねーさんが教えてくれたお陰で、わたしはネイティブレベルで読み書きできるのです。


「ナ、ママクッタナ? マダダバ、コレケ。

 ――あなた、ご飯食べられました? まだでしたら、これを召し上がりなさい。

 ワイハ! メャグダジャ。セバダバワモナンガケネバマイネジャ。

 ――わあ、ありがとうございます。それではわたくしもなにか差し上げなければいけませんわね」


 先程の失態で、厳しい目でわたしを見ていたアリシア様が、視界の隅で驚きの表情をなさってます。


 先生も拍手なさって。


「素晴らしい発音です。意訳も実に適当な言葉選びができています」


 それはそうでしょうとも。


 遺跡に住み着いていた世捨て人の長命種属にだって、わたしのツガル語は通じたのですから。


「――それでも授業はちゃんと聞いていてくださいね」


「はい、申し訳ありませんでした」


 過ちを認める時は、きっちり優雅に。


 アリシア様の教えに従い、わたしは腰を落として頭を垂れます。


 今度はしっかり集中していましょう。


 やがて授業は終わり、お昼となりました。


 アリシア様の鍛錬が始まってから。


 わたしはそれまでルシア様と一緒にお昼を食べていたのですが、その席にアリシア様も共に着くようになりました。


 初めはルシア様も緊張していたようですが、お祖父様の影響なのか、アリシア様は男爵令嬢だからと軽んじられること無く、わたしと等しく友人として接しています。


 今ではルシア様もアリシア様とすっかり仲良しです。


 食堂ではその日の決まった献立を、身分に関係なく自分でトレイに載せてテーブルまで運ぶ決まりです。


 今日は白身魚の香草焼きに、赤ワインとバターをベースとしたソースが添えられたもののようです。


 スープはトマトソースをベースに玉ねぎとコーンを具材としたものでした。


 見た目と香りだけから素材を想像できるようになったのも、アリシア様の鍛錬のお陰ですね。


 パンとサラダのお皿もトレイに載せて、わたし達は最近お気に入りの食堂の端にある窓際席に着きます。


 窓から差し込む日差しと、吹き込んでくる風が心地よい場所なのです。


 三人で手を合わせて頂きますを言って、わたし達は食事を始めます。


 ルシア様と二人の時は、食べながらお話していたのですが、アリシア様が仰るにはそれは淑女としてはしたない事だそうで。


 今ではわたしもルシア様も、しっかり食べきってから、お茶を楽しみながら会話するというのがお昼の流れになっていました。


 今日もわたし達はトレイを下げて、手ずからお茶を淹れて談笑を楽しみます。


「シーラ。

 あなたも作法や立ち居振る舞いは様になってきたから、次の段階に進もうと思うの」


 わたしがアリシア様とアベルの関係で悩んでるなんて、当然ご存じないアリシア様はそんな事を言い出しました。


「……次の段階、ですか?」


 わたしは小首を傾げてアリシア様に問います。


 他人事のルシア様は目をきらきらさせて、興味津々といった様子でアリシア様をご覧になってます。


「――あなた、冬越しの宴でもダンスはなさってなかったでしょう?

 あの夜見せた銀華の舞いは、確かに美しく目を引くものがあったけれど……淑女たるもの武舞よりダンスを踊れてこそですわ」


「……あの晩のシーラ様は確かに素敵でしたものね!

 ダンスもきっと素敵なのでしょうね!」


 なぜかルシア様がノリノリで、わたしとアリシア様を交互に見つめて仰います。


「二週間後、わたくしの家でちょっとした夜会を催します。

 それまでにあなたにはしっかり踊れるようになって頂きますわ」


「うっ……」


 ダンスは家庭教師に教わって、及第点はもらっていますけれど。


 パーティーでの実践はまだなのですよね。


 そんなわたしの内心の不安を読み取ったかのように、アリシア様はニコリと微笑まれます。


「練習相手もパートナーもわたくしが用意致しますわ。

 あなたはただ、ダンスの腕をあげる事に専念なさい」


 うぅ……わたし、身体を動かすのは得意なんだけど、ダンスみたいに相手に合わせて動くのって苦手なのよね。


「シーラ?

 ――お返事は?」


 アリシア様に微笑みと共に尋ねられれば、わたしはうなずくしかないのです。


「……はい」

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