最強タンクが追放された日
中川葉子
最強タンクが追放された日
「おい。ウスノロ。お前はパーティをクビだ」
「いや、防御査定カンスト以上だよ? なのに追放?」
足が致命的に遅い。だが、生まれ持った防御力、耐久力、生命力は、全てを凌駕する。そんな彼も唯一の欠点である脚の遅さを理由にクビにされた。さあ、彼のその後を見ていこう。
途方もなく、彼は歩いていた。故郷の村に戻る気にもならず、かといって、ギルドにパーティ誘いの願い状を貼り出すのも嫌だった。とぼとぼと歩いていると、魔物の声が聞こえた。かなり知性が高いようだった。
「おい。ここは魔王塔の領土だぞ。早く出て行け」
「ああ。そんなところにきちゃったのか。じゃあさ、ひとつだけお願いがある。全裸でふん縛ってもいいからさ、魔王に会わせてよ」
ここから押し問答が続いたが、魔物は彼の策略を見抜き、魔王城へ連れて行く。魔王城の謁見室は深い紫を基調とし、赤や金を差し色として作られている。かなり荘厳な造りだ。そこに全裸で縛られた人間が座っているのは、些か笑いを誘う光景であった。
「さて、なぜ私の目の前に全裸の人間がいる?」
「魔王様。話を聞いてやってください」
「人間よ。口を開いていいぞ」
彼は少し挙動不審でありながらも、意思を伝えることができた。もとより話すのは得意なのであろう。言った内容は以下である。
「人間界にはステータスという概念があります。僕は、耐久力、防御力、生命力といった面で全ての人間を凌駕します。ということは、僕を倒すことのできる人間はほんのひと握り。ならば、魔王城の魔王様がいらっしゃる部屋の前室に、ゴーレムのように配置していただきたいのです。僕の固さで人間を恐怖に陥れたいのです」
魔王は手を叩き笑った。魔王が笑う。その非常事態は四天王や全魔物を驚かせたという。
「その心意気。まことに素晴らしいものである。貴様を謁見室の扉を壊し、そこに配置させる。そうだなあ。自動で回復できるように地獄の石も埋め込もう。栄養も補給してくれるぞ。そして壁と同化してもらう。ワシはここを出なくても何とでもなるのでな。謁見室周囲の壁は、全てお前とひとつ。これでどうだ」
「是非お願いします」
人類史上最強になり得た盾が、魔王城の謁見室を囲った。扉があった位置には彼が胡座で座り込み、侵入者を見張る。そして、時が経った。
五年が経過しても彼は壁として、魔王城を守り続けていた。その間あった侵攻は、三七回。必死に切りつけてくる人間に、壁は笑った。
『そんなものかい。人間。もっと力があるやつを連れてこないと。いつまでも魔王様には辿り着けぬ』
三八回目の侵攻が始まった。彼は笑った。
『やあ久しぶりだね』
「お前……! ウスノロか?」
「唯一の欠点のウスノロが補完された。最強の壁を君は打ち破ることは、できない」
奴らは何日間も休むことなく壁を切り、叩きつけ、魔法を放った。だが、彼を壊すことはできなかった。疲労困憊の奴らは諦め、帰っていった。三八回目の侵攻以降、人間が攻めてくる頻度が増えた。
『必死だね君たち。僕は破れないよ』
「早く死んでくれ。壊れてくれよ。この奥に財宝があるんだろう」
壁は思案し、愉快げに答えた。
「子々孫々まで、遊んで暮らせるよ」
だが、壁を突破できる人間はいなかった。
魔王様が死んだという情報が流れ始めた。衰弱死らしい。だが、仲間すらも部屋に入れない。
この日以降魔物は人間と共闘を始める。財宝が欲しい人間と、尊敬する魔王様の生死を確認したい魔物たち。思わぬところで利害が一致した。
「僕は四天王が一人、ミノタウロスの玄孫。壁を突破しに参った! 一族の願いを果たすため!」
「私は四天王が一人、ハーピーの玄孫。魔物に与すると言って、魔物を苦しめて恥ずかしくないの?」
「ワシは四天王が一人、ドワーフの玄孫。邪魔な壁を破壊に参った」
「俺は四天王が一人、ドラゴンの玄孫。お前を壊さねえと一族も魔王様も浮かばれない」
四天王の玄孫が正々堂々と名乗りを上げた。僕は呆れて「口開く前に僕攻撃した方がいいよ」と助言を与えた。キズひとつつけることができず、彼らは落胆し、帰っていった。その背中に一言。
『魔王様は後ろの部屋で眠っているよ。まだ生きてるとも』
「何年も姿を見てないくせに? 声を聞いてないくせに。最低ね。狂ってる」
ハーピーの玄孫は怒り狂い、魔王城を後にした。
自動回復する、最高の盾を壊すことは誰もできなかった。そしてゴーレムは、盾になったあの日から、初めて眠りに落ちる。
「盾よ。今までよく頑張ってくれた。ありがとう。礼を言う。お前もそろそろ、楽になっていいんだぞ」
「魔王様。ありがとうございます。でも、城を守らなければ」
「いいや。もう守らなくてよい。守るべきものも、ない。ゆっくりと休め」
壁の魂はそこで潰えた。難攻不落の、人類と魔物を苦しめてきた壁は、ある日突然爆ぜたという。
中に入ると、魔王と人間の骨が寄り添うように重なり合っていたという。
最強タンクが追放された日 中川葉子 @tyusensiva
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