穴の比喩

@erito2_718

穴の比喩

 道の真ん中に穴が空いていることに男が気づいた。それは小さな穴だったが、足を取られて躓くことは想像に難くなかった。男は居ても立ってもいられなかった。誰かが躓き、えんえん泣く姿は見たくなかった。男は考えた。そして、穴の前に看板を立てた。「穴注意!」と大きく書かれていた。これで大丈夫だ。男は穴を通り過ぎ、去ろうとした。しかし振り返ったとき気づいたのだ。看板の裏には何も書かれていなかった!これでは、看板とは逆の方向から来た人が、穴に気づかず躓いてしまうかもしれない。男は急いで裏側にも同じことを書いた。書き終わった後に男は閃いた。もう一枚看板を作ればいいのだと。男はもう一枚看板を作り、看板同士で穴を挟むように、その看板を立てた。当然、両面に同じことを書いた。

 これで何も問題はない。果たしてそうだろうか?幸い、道の脇には家が建っており、道を横切る人はいないように思えた。しかし、看板を邪魔に思い、避けた人が穴に躓かない保証はどこにもなかった。そういう人は看板を障害物と捉え、看板の文字など読まないかもしれないのだ。さあどうしたものか。男はチラシを作り、家々に配ることにした。何百枚という紙に穴がある場所を記し、大々的に注意喚起した。男は紙の束を抱え、目に留まった家一軒々々にそれを投函した。住民と出くわしたときには、身振り手振りを交え親身に穴について説明した。あなたが怪我などするようなら私は一日中泣き通すだろうと言い、住民にすがった。

 東奔西走し、ついに町一帯にチラシを配り終えた。しかし、まだできることがあると男は考えた。男はまた看板を作った。筏にもなりそうな大きな看板だ。そのふちに電飾を付け、ピカピカ点滅させた。当然「穴注意!」と書かれていた。男はそれを背負い、メガホンを手にした。男は町へ繰り出した。彼方あっちの道に穴があるぞ!躓かないよう気を付けろ!と声が枯れんばかりに叫び続けた。その訴求は四六時中続き、夜中には石を投げられもした。人々から精神異常だと囁かれもした。しかし男は辞めなかった。穴に躓き、身体を擦り剥いて血が流れることを想像すると辞める気など起こらないのだ。私が不幸な怪我から人々を救うのだと譲らなかった。男は今日も叫んでいた。穴に気を付けろ!穴に気を付けろ!

 もう一人別の男がその穴に気づいた。男もまた、誰かが怪我をしやしないかと案じた。男は穴を埋めた。

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