儀式

「てめえの目的は、なんだ? 俺の部下を皆殺しにしやがって!」


 車の助手席から、尚純ナオズミがわめく。手錠で、シートにくくりつけられていた。


「うるさいな。そもそもお前たちは『総本山』の犬だろうが」


 魔法陣を書く作業を中断し、堂本は尚純を殴る。


 深夜、キリちゃすの隠れ家だった場所に。地面に大きな魔法陣が描かれ、キリちゃすはそこの中心に寝かされていた。


 魔法陣を描いているのは、堂本ドウモトだ。斗弥生ケヤキの秘書である。儀式に利用しているのは、さっき殺した退魔師たちの血だ。


 彼は顔を色々と変形させて、警察の検問をことごとく突破した。交通課からは、ただの家族連れだと思われたに違いない。


「犬はおとなしく、首輪に繋がれていればよかった。私が見ている間は」

「すると貴様は」

「やっとわかったのか。そうだ。たしかに私は、あんたの秘書だ。しかし私は同時に、退魔師の総本山が遣わした『忍び』でもある」


 秘書としてずっと、彼は『弥生の月』を監視していたらしい。


「俺を、騙していたのか?」

「気づかなかった、あんたが悪いんだよ」


 フンと、堂本は鼻を鳴らす。


「お前たちの功績は、それはもうひどいものだった。せっかく総本山の至宝と結婚させてやったのに、子どもたちはポンコツばかり。おまけに、せっかく呼び出した魔王の封印に利用して台無しにしやがって。その段階で、『弥生の月』の評価はガタ落ちだったよ」


 弥生の月がここまで大きくなったのは、尚純の手腕ではなかった。

 すべて、妻のカリスマ性である。


 しかし、カリスマを失った後はひどい。

 多くの離脱者を生み出した。


天鐘テンショウはそのことを」

「知っていたさ。『話したら殺す』、『我々に危害を加えても殺す』と、釘を差しておいた」


 一度、天鐘は堂本に嫌がらせを行ったという。しかし、倍にして返り討ちにしたらしい。


「ホンモノのエリートが本気を出したらどうなるのか、彼にはしっかりと教育しておいた。だから秘書の私がでかい顔をしても、ヤツはなんにもできなかった。立ち直れないレベルのトラウマを、植え付けてやったからな」

「敵対していても天鐘がヤケにならなかったのは、そのためだったのか」


 攻撃の意志がなかったわけではない。攻撃ができなかったのだろう。


「そう。聖奈セイナも知っていたみたいだが、ケンカを売ってはいけない相手を肌で理解していたらしい。私には接触しようとしなかった。知らないのは、あんただけ。ここまで生かせてもらっただけでも、ありがたいと思え」


 堂本は、また魔法陣を描く作業へ戻る。


「そもそもここを、『カジノ運営地として再開発する』と言い出した国が悪いのだ」

「俺たちは、必死で止めた! 聞き入れてもらえなかったんだ!」


 しかし、国家には相手にされなかった。もう、弥生の月の影響力は地に落ちていたからだ。


「アレだけの惨劇を生み出したのに、喉元すぎれば、というわけだ。首相が変わったのに、引き継ぎしてなかったようだな」


 だが、また悲劇を起こそうとしていた。


 自分なら、完璧に儀式をこなせると思っているのだろう。


 しかし、と、堂本は続ける。


「長年に渡って弥生の月を偵察していたが、破棄すべきだと総本山は判断した。国を説得できない組織に、存在価値はない。おまえたちが追い詰められているので、ついでで皆殺しにさせてもらった」


 あれだけの殺戮を、ついでで済ませるとは。


 だが、彼は妙なことを語る。


「私の野望も、総本山に知られたからね」



 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 



 オレは、キリちゃすの隠れ家がある場所まで車を飛ばしている。

 スマホは、スピーカーモードにしていた。


「再開発、ですか?」


 千石センゴク署長から、興味深い話が聞けた。


『そうなんだ。実はキリちゃすが隠れ家にしていた場所は、カジノが建つ予定なんだってさ』

「あそこは、魔王が復活した爆心地ですよね? 国家だって把握しているはずだ」

『実利には、変えられないんだってさ。日本へのカジノ誘致が、公約だったからね』


 なんという。それで、魔王が復活したらどうする気なんだ。


「しかもね。チャン・シドンと堂本の父親を殺した犯人が妙だったんだ。自殺した場所が、日本だったんだよ」


 しかも、誰かを招き入れた形跡があったという。


『堂本って、変装ができるんだろ? 犯人と親しい人物に化けて犯行に及べば、誰にも怪しまれない』


 自分は犯行後、別人になりすませばいい。


「殺害された、って線で探っていたらしい。が、なぜか捜査は打ち切られた」


 捜査一課の、鶴の一声だったらしい。


「堂本が?」

『ヤツというより、ヤツの上の存在が圧力をかけたんだろうね』


 それで怪しんで、千石さんは被疑者の再捜査をしてみたという。


『面白いことがわかったよ。合同練習前と訓練後で、人数が一致しなかった』


 ウキウキ声で、千石さんは語る。


「チャン・シドンと堂本の二名分でしょ?」

『違うんだ。彼らを差し引いても、一人多かったんだ』


 さらに、幼少期の堂本が見学をしていたこともわかった。


「真っ黒ですね。動機にしても濃厚だ」


 堂本が被疑者になりすまして犯行を行い、何食わぬ顔で変装を解く。


「それだけ、堂本はシドンを憎んでいた?」

『どうなんだろうね? 堂本の出生を聞いたら、そうでもないみたいなんだよね』

「なんですって?」

『ボクはてっきり、堂本は弥生の月に預けられたと思っていた。しかし、もっと大きな組織に引き取られていたことがわかった』


 その場所は、総本山というらしい。


 彼はそこで、特殊な訓練を受けていたという。


 しかし、彼は増長しすぎた。総本山でも手を焼くほどの野心を、堂本は抱えていたのである。


「堂本の目的は、復讐じゃないですね」


 緋奈子ヒナコが、会話に入ってきた。


『どうしたの、ヒナコちゃん?』

「これを見てください」


 自分の持っていたスマホを、緋奈子はオレたちに見せてくる。


「これは!?」


 

~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 



 縛られながら、キリちゃすは尚純と堂本の会話を聞いていた。


 とはいえ、キリちゃすは当事者ではない。話を半分しか理解していなかった。


 堂本の行動には、裏があるようだ。


「おそらくあの退魔師どもは、お前の指示で動いていたのではない」


 堂本がいうには、尚純が連れてきた退魔師は、総本山が「堂本を殺害するために」雇ったのだろう、と。


「私は総本山から、魔王を安全な形で連れてこいと言われていた。しかし、私物化したからな」


 どうやら、堂本は魔王を自分のものにしたかったらしい。 


「なぜ、弟を差し出した?」

「だって、実験は必要だろ?」


 その言葉を聞いて、キリちゃすはこの男こそ「彼氏」の仇なのだと悟った。こいつはピに、名塚ナヅカ ヨウに対して、少しも愛情はない。コイツにとって、人間はすべて実験動物に過ぎないのだ。


「私だって、本当は自分で取り込みたかったさ。これだけの力があれば、総本山も支配できるからな。しかし、適合したのは弟だった! 私の家庭をメチャクチャにしたあの男の子どもが、唯一の適合者だった。無能だと思っていた。私にとっては、ただの保険。それなのに」


 プライドをズタズタにされつつも、堂本は弟を指名したという。いつか自分でもコントロールできるだろうと考えて。


 空になった、魔法陣用のバケツを捨てた。


「だが、これで私の苦難の日々も終わる。あんたの血で、この魔方陣は完成するのだ!」



 堂本が、懐から銃を出す。狙うは、堂本の眉間だ。



 しかし、銃は何者かの射撃によって吹き飛ばされる。



「随分な動機だな」



 リボルバー銃を構えた警察官が、茂みの奥から現れた。

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