現場検証

 茶々号が死んだ。


 オレはスマホを持って、緋奈子の寝室へ飛び込む。


「大変だ! 茶々号が……うお!?」


 緋奈子は着替え中だった。ブルーの下着の上に、パンツスーツを着ている。背中越しだが、上には何もつけていなかった。


「なんですか、カオル。盗撮は犯罪ですよ」

「違う! 茶々号が死んだんだ!」


 振り返りながら、オレはわめく。


「知っています。センゴクさんから連絡がありましたから」


 オレに向けて、緋奈子がスマホを見せた。胸を隠しながら。


「被害者らしき女性は、七和の管轄で死んでいたそうです」

「マジか……」

「着替えるので、待っていてください」


 オレの後ろで、ブラのホックを止める音がした。すぐさま、クロのジャケットを着た女性がオレを通り過ぎる。


 場所は、署から車で一〇分ほどの場所だ。


 パトカーで向かい、現場へ。


 車の時計を見ると、まだ朝の六時にもなっていなかった。


 途中、コンビニで買ったパンで、適当に朝食を済ます。


 オレはメロンパンを。

 緋奈子はホットのほうじ茶と、チョリソー入りのホットドッグを食う。一瞬で食べ尽くし、肉まんを割って辛子をドバドバ流し込む。


「朝からよくそんな辛いもん食えるな。眠気覚ましかよ?」

「これがワタシの日常です。あなたも朝から甘いメロンパンといちご牛乳とか、糖尿になりますよ」


 辛党の緋奈子は、甘いものを食うとエズいてしまうそうだ。 


「被害者の氏名は、笹塚ささづか 史那ふみな。二一歳の大学生です。学業の傍ら、バーチャルアバターを使ったゲーム配信で稼いでいた模様。ここ最近はアルバイトにも顔を出さず、学校にも通っていなかったそうです」

「バイト感覚だったのに、事務所に所属するようになった。それ以降は、本格的に配信一本で食えるスターになっちまったと」


 よかったんだが悪かったんだか。


 彼女を取り巻く人間関係も、聞かされた。修羅場をくぐり抜けてきたらしい。


「あんたが追っている大物スラッシャーと、関係がありそうか?」

「行ってみないことには」


 殺害現場の高級マンションに、車を駐めた。


 現場では、殺人課が聞き込みを、鑑識が検証をしている。


 笹塚の遺体は、すでに解剖へ運んだ後だという。


「こんなマンションに住んでいたのか、茶々号は」

「ああ、青嶋アオシマ警部」


 巡査部長の福本フクモトが、オレに声をかけてきた。警察学校の後輩で、今は殺人課にいる。細いオレとは違い、ガッチリしたスポーツマンタイプのイケメンだ。単細胞過ぎてモテないが。


「先輩、そちらの女性は?」


 オレの後ろに立っている長身の女性が、福本は気になっている様子である。思わず、学生時代の呼び名でオレに声をかけてきた。


「科捜研の方ですか? ここ、関西ですもんね!」

「バカ野郎っ。科捜研が捜査の現場に来るかよ? あんなのテレビドラマだけの話だ」


 警察学校を出ているなら、誰でも知っているハズなんだが?


「冗談ですよ。でも、ホントに誰なんです?」

「探偵さん。オレらの捜査協力者だ。合同で、デカいヤマを追ってる」

「オカルト関連ですか……七和署の福本 晋太郎シンタロウ巡査部長です。青嶋先輩には、警察学校にいた頃からお世話になっています」


 福本が、緋奈子に敬礼をする。


「どうも。輝咲キザキ 緋奈子ヒナコといいます」

 名刺を渡し、緋奈子も頭を下げた。

「よろしくシンタロー。それともファーストネームで呼ばれるのはお嫌い?」

「とんでもありません! では先輩、現場を」


 失礼しますよ、っと。


 最初に飛び込んできたのは、アルコールの匂いだ。三角コーナーや散乱したアルミ缶などを見ると、掃除もロクにしていなかったらしい。


「自室以外は、どこもこんな感じみたいです」

「らしいな。それにしてもひでえな。開けてない通販の箱がこんなに」


 いくら配信が忙しいとはいえ、もっとキッチリした性格だと思っていた。


「犯行現場は、どんな感じだ?」

「ひどいもんでしたよ。こちらです」


 散らかっている家の中で、自室だけは唯一まともに掃除していたらしい。だが、その現場も血まみれになっていた。


「被害者は、勉強机に突っ伏して死んでいたそうです」


 福本が、「こんな感じで」と、鑑識が撮った写真をタブレットで見せる。


「指が、削れていますね」

「はい。犯人は指の第一関節を切断し、机に何度もこすりつけていました。木製の机が削れるほど、ガリガリと」


 聞いているだけで、痛い。


 恐ろしいのは、犯人の腕力だ。それだけ強い力の持ち主ということになる。


「犯人は」

「間違いねえ。スラッシャーだ」


 こんな力業な芸当、スラッシャーの犯行以外にありえない。


「……カオル、これは!」


 現場にあった食器を見て、オレは吐き気を催す。


「これ、青梅食堂のラーメン鉢じゃねえか!」


 顔見せをしない関係上、何を食っているか配信ではわからなかった。だが、オレと同じものを食っていたわけか。


「たしか、配達員と入れ違いになりましたね」


 食事をしているシーンを見ながら、オレは寝落ちしてしまった。夜の二二時だ。


「あの時間帯までは、笹塚史那は生きていたってわけか」


 スラッシャーとの戦いは、どうしても体力を消耗する。オレも例外ではなく、きっちり七時間は寝ていた。二二時就寝の五時起床とか、小学生かっての。


「指の削られ絵具合から、何かを指で書かされていたのではとのことです」


 しかし、映像に手首から先が映っておらず、何を描いているかはわからないとのこと。現在は科捜研が検証中だ。


「交友関係とかは?」

「いえ。夜中に出歩くことはあったようですが、あいさつもしない人だったそうで」


 情報なしか。


 しかし、緋奈子は鑑識になんの許可もなく、本棚から釣り雑誌を手にとった。


「すいません、証拠品を勝手に読まれては!」


 ほらあ。鑑識のエライさんが、険しい顔になっちゃったじゃん。


「大丈夫です。これはオカルト課にしか識別できない仕組みですから」

「ああ『死者の書』か」と、オレも返す。


 死者の書とは、一見するとただの雑誌である。しかし、特定の霊力を持っている人物が触れば、なんらかの文字が浮かび上がるのだ。


「雑誌は基本的に、定期購読のはず。なのに、特定の号だけ所持しているのが不自然でしたので」

「は、はあ。おっしゃるとおりで」


 鑑識さんも、引き下がった。

 彼も、現場に釣り竿がないのにこんな雑誌を持っているのは変だ、と考えたに違いない。


「見てくださいカオル、やはりこれは」

「ああ。名簿だ」


 緋奈子が見つけたのは、退魔団体の所属者名簿である。


「『弥生の月』……茶々号って、弥生の月にいたのか!」

「なんですか、それは?」

「関西トップクラスの退魔団体だ。ウチより直接的に、スラッシャーと戦っているかな」


 だが、やり口も本格的だ。銃刀法違反なんてくそくらえな組織である。


「支持母体が、スジもんだからな」


 オレは、指の先を頬に走らせた。


「弥生の月にいたから、彼女はスラッシャーに狙われた?」

「調べてみないことには。ところで、犯人がバッチリと画像に映っていたとか」


 福本が、タブレットを操作する。


「こちらです。被疑者の氏名は灯芯とうしん キリカ。被害者と同じく二一歳。住所不定無職の女性です」

「知ってるよ。コイツ、『キリちゃす』だろ?」


 かつて、『キリちゃす』という名前で動画配信をしていた女性だ。

 地下アイドル系の顔出し配信者である。

 病んだキャラクターが売りの少女だったが、ファンの男性との交際が発覚して引退に追い込まれた。


 三次元だったので、オレはノーマークだったな。


「居所は掴めたのか?」

「いえ。潜伏先と思われていた現場は、不審火によって焼けてしまっていました。ですが、とんでもないことがわかりまして」


 福本が、潜伏先候補の現場を見せる。


「……ここって!」


 先日ニュースになっていた、〇〇県の森の中じゃねえか。


 見せてもらった場所は、地獄と形容したほうがいいような光景だった。死体が散乱しているだけでなく、誰かの内蔵まで飛び散っていた。


「懸命な捜査の結果、無差別に殺害された死体が各所で発見されたそうです。性別も年齢も角形なく、臓器をえぐり出された死体が」

「うえええ」


 そこへ、千石さんから、電話が。


 退魔団体「弥生の月」から、護衛の依頼が来たらしい。

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