第26話 ワルトナイヨ

 焼き土の壁、白木に薄いニスを塗っただけのテーブル。

 確かにワルトナイヨはアスクライテやヘイゼラールに比べると庶民的な雰囲気だった。

 テーブル間隔もあの2店に比べると近い感じで通路もあちら程広々としていない。


 でもこれはこれで悪くない感じだ。

 うちの家族で来るにはちょうどいいかな。

 グラハムさんと来るには向かない気がするけれども。


 まずはテーブルを選んで、空席札を倒す。

 この空席札というシステムも便利だなと思いつつ、皆と一緒に注文をしにカウンターへ。


「ヤット&デールサラダに茹でエビ追加、肉ピザ、飲み物はホワイトレィディで」


 レアさんはサラダにエビを追加したようだ。

 リアさんの唐揚げ以外はエビ尽くしになるなと思う。

 でもそれも結構楽しみだ。

 エビ料理のレパートリーが増えるかもしれないし。

 

 あと飲み物はカクテルの模様。

 そう言えばこの国に『お酒は二十歳になってから』なんて規則はない。

 成人になるまではお酒を飲まない、という不文律はあるらしいけれど。


 でもヒラリアなら私も既に成人だ。

 ならどうしようか……試してみようか……

 とりあえず皆の動向を見てから決めよう。

 でも一応知識魔法で検索してと……


 あと皆さん、ここで注文してお金を払ったら、飲み物が乗ったお盆を受け取って席に戻るようだ。

 下手に待たれるよりこの方がさっぱりしていていいなと思う。


「チキン&チップス、ダンパーパンセットをグーズ煮で、ライトジーン」


 リアさんもカクテルだ。

 グース煮とは……ワルトナイヨここの場合はアルケナスのもも肉を焼いて、グノトム酒ビールと脂で煮た料理。


 確かにダンパーパンに煮物のスープを付けて食べるのも美味しそうだなと思う。

 でもとりあえず今回は初志貫徹で。

 あと飲み物はどうしよう。


「エビとキノコと夏野菜のアヒージョ、ダンパーパンセットをヘイゴのチルダ煮で、キーンヌカサイダー」


 カイアさんはアルコールじゃなかった。

 良かった、それなら私もお酒じゃなくていいだろう。


 ただチルダ煮とは何だろう。

 カイアさんが会計をしている間にさっと知識魔法で確認。

 野菜に肉を塩漬けして発酵させたものを混ぜて煮たもののようだ。


 私の番になった。


「エビのグラタン、ローストカールのアローカプレート。パインサイダー」


 カールとはアルケナスのロースにあたる部分。

 つまりローストカールとはローストビーフと同じようなもの。

 そのアローカライスプレートだから、つまりはローストビーフ丼みたいなものだろう。


小銀貨1枚と正銅貨5枚1,500円です」


 確かにアスクライテより安いかなと思いつつ支払う。

 お盆にパインサイダーだけのせて、皆が待つテーブルへ。


「皆揃ったし、それじゃ乾杯しようか」 


 そう言ってリアさんが軽く杯を持ち上げる。

 そうか、乾杯という習慣があるのか。

 リアさんがそう言ってくれてはじめて気づいた。

 慌てて皆と同じように杯を軽く持ち上げる。


「それじゃ今日はミアさんを歓迎という事で、乾杯」


「乾杯」


 唱和して、そして杯を更に軽く持ち上げて、そしてぶつけないで口に運んで軽く飲む。

 それがヒラリア流の乾杯のようだ。


 そしてふと気づく。

 そう言えばグラハムさんと会食した時の事を。

 私がテーブルについた後、グラハムさん、軽くグラスを手に持っていたなと。


 あれは乾杯をしようと思ってだったのだろう。

 しかしあの時、私、気づかずに自分の飲み物をいきなり飲んでしまった。


 今思うと……かなり恥ずかしい。

 今度の1の曜日に謝っておこう。

 それもまた恥ずかしいけれど仕方ない。

 

「どうしたのミアさん。何か考え込んでいるようだけれど」


 リアさんに気づかれてしまった。

 慌てて首を横に振って誤魔化す。


「いえ、大した事ではないです」


 そう言って、そしてふとさっきの買物の事を思い出す。

 あれもお礼を言っておこう。


「あと面白い商店街アーケードを教えていただいてありがとうございました。家からも近いので、また行ってみようと思います」


「お礼を言われるような事じゃないよ。ただミアさん、あそこを知らないというと……」


「ミアさん、エルミナレルって読んだ事があるかなあ?」


 エルミナレル? 知らない単語だ。

 知識魔法で調べればわかるだろうけれど、ここは聞いてみた方がいいだろう。


「わからないです。何でしょうか」


「新聞だよ。ほぼヒラリアの何処でも売っている、40代以下の女性を対象にした感じの。週刊で第2曜日に出ているんだけれど、結構面白いよお。ニュースの他に連載小説とか街のガイドとか、ファッションの傾向なんかが載っていて」


 女性週刊誌みたいなものだろうか。


「あと、コンサートなんかにも行ったことが無いよね。何か興味のある音楽ってある? バラップとかレクタラとか?」


 これもまたわからない単語だ。


「わからないです。そもそもそれがどんな音楽なのかも」


 リアさんとレアさん、2人で顔をみあわせ、そして頷きあう。


「これは教育が必要ですなあ、リア殿」


「うむ、まずはヒラリアの大衆文化というものを、とくと教えぬとなあ」


 そう言われても……

 確かにそういった知識が私に欠けているのはわかっている。

 しかし何をどう手をつけていいのやら……

 なにせとっかかりもわからない状態なのだ。


 こういう場合の助け船は、やっぱりカイアさんだよな。

 そう思ってちらり、とカイアさんの方を見る。


 カイアさん、苦笑という感じの笑みを浮かべ、そしてアイテムボックスから紙束を取り出した。

 お仕事のときの書類と同じサイズのもの十数枚という感じだ。


 カイアさんは私にその紙束を渡す。


「エルミナレルの最新号です。よければどうぞ」


「いいのでしょうか?」


「私はもう読んでしまったので」


「ありがとうございます」 


 カイアさんから紙束を受け取ってアイテムボックスに仕舞う。

 家に帰ったら読んでみよう。

 参考になる、もしくは面白い事が載っているかもしれないから。


「お待たせしました」


 料理が運ばれてきた。

 最初はチキン&チップスとヤット&デールサラダだ。

 

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