等身大立像

 一九九〇年代も後半に入ってから開発が進められたという、歴史の浅さがそう感じさせるのだろうか……。

 それとも、下町育ちであるがゆえにそう感じてしまうのだろうか……。


 お台場という街は、いつ来ても、綺麗で、大きく……どこか、嘘臭さい真新しさようなものを感じてしまう。


「お台場よ……!

 キタコは帰って来たー!」


 そんな、新しき街の玄関口……。

 台場駅のホームに降り立つなり、ガノは両腕を広げながらそう叫んだ。

 他の乗客がくすりと笑ったり、変な人を見るような目を向けるが……。

 そのようなことを気にするガノではないし、モギもまた同様である。


 まあ、少々感情表現がオーバーに過ぎるし、場所も選んだ方がいいとは思うが……。

 今日この日に、この場所へ一緒に来たことをここまで喜んでもらえるなら、男冥利みょうりに尽きるというものであった。


「しかし、ゆりかもめ線はいつ乗っても興奮しますねえ!

 こう、描いていたSFの未来が現実になったような感覚です!」


 はしゃぎながらそんなことを言う彼女のファッションは、マーメイドスカートを使ったモノトーンコーデであり、たすき掛けにしたカーデといい、カゴバッグといい、相変わらずのオシャレさんである。

 彼女を見ていると、上から下まで大衆アパレルブランドで固めた己を少し恥じたくなった。


「その気持ちは分かるな。

 車両のデザインだけでなく、無人運行なのもすごく未来的だ。

 今後はやっぱり、こういうのが増えていくのかね?

 こう、戦闘機とかも無人とか遠隔操作の研究が進んでるってニュースでやってたし」


「ロボットアニメ愛好者としては、ちょっと複雑な気分ですけどね。

 やっぱり、兵器というのは生の人間が乗ってこそといいますか」


「フィクションはそうだよなあ……。

 敵の方は無人機使っててもいいけど、こっちは生身じゃないと締まらないっていうか」


「ですです!

 エレガントさに欠けますよ! はい!」


 そんな会話を交わしつつ、駅を後にする。

 こじんまりとした駅を出ると、すぐに商業ビルが姿を現わす。

 それをかわして少し歩むと、ウエストパークブリッジに辿り着いた。

 ただっ広いコンクリートブリッジの上を、潮風に吹かれながらしばし歩く。


「やっぱり、海が近いからかな……。

 そこまで遠出したわけでもないっていうのに、普段の生活圏とは全然別の場所へ来たって気分になるよ」


「分かります! わかりみが深い!

 同じ都内でも、臨海部はまた別の世界っていう感じがしますよね!?

 ……キタコたちオタクにしてみれば、まさに聖域といいますか。むふふ……」


「聖域?

 ああ、あれだろ? 夏と冬に開催するっていう例の……」


「そう! まさにそれです!

 どうでしょう? モギ君?

 今年の夏あたり、ちょっと巨星な感じへイメチェンしてみる気はありませんか?

 体作りから衣装作りに至るまで、キタコが全面的にバックアップしますよ?

 ――なんなら、もうすでに計画は動き始めて……ぐふふ」


「それって、コスプレってやつか?

 まあ、確かに一回くらいやってみるのも面白いかもな」


 最後の方はものすごい小声なのでよく聞こえなかったが……。

 なかなか面白い誘いだと思えたので、そう答えておく。


 そんな会話を交わしながら、歩くことおよそ五分……。

 ついに、目的地――ダイバーシティ東京プラザが視界へと入って来た。

 そこは巨大な商業施設であるから、出入り口の数も相応に用意されており……。

 ウエストパークブリッジからも、CDショップ経由で直接入城することが可能となっている。


「どうする?

 あそこの入り口から入って、まずは軽くCDの新譜でも眺めてみるか?」


「もう……。

 モギ君、分かってて言ってますよね?」


 意地の悪い笑みを浮かべながらそう言ってやると、ガノ『プンプン』というオノマトペが出てきそうな仕草を交えつつそう答えた。


「ダイバーシティに出入り口は数あれど、キタコたちGオタにとってのそれはただ一つ!

 ――正面口です!

 そこ以外から入るなど、ありえません!

 言うなればあそこは、Gオタ専用出入り口と呼ぶべき場所でしょう!」


「一般のお客さんにも優しくしてあげような。

 ……と、見えてきたぞ」


 階段経由で地上に降り、今着ているアパレルブランドの看板などが掲げられた壁面を眺めながら歩いていると、ついにが姿を現わし始める。

 巨大なダイバーシティを背にし、たたずむ姿を横から見ると、まるでミニチュアでも眺めているような気分にさせられた。


 だが、これは卓上に収まるような代物では断じてない。

 周囲を彩る立ち木は自分たちの身長を遥かに超える高さであり、そこかしこで休憩したり雑談したりしている他の客たちは、まごうことなき生の人間なのだ。


「ふおお……!

 やはり、遠目で横から見ても……いえ、だからこそ風格がありますねえ!

 今度福岡でお披露目される立像も、ぜひとも見に行きたいものです!

 ……まあ、キタコ的には主役機ばかり造るのではなく、一つくらいは公国の量産機にしてくれてもいいんじゃないかと思いますが。

 せめて! 彗星の! 専用機を!」


「そこはまあ、集客を見込んで建ててるわけだしなあ。仕方ないんじゃないか?

 特撮番組だって、敵も味方もベルト付けて変身してるわけだし」


「分かってはいます!

 なんなら、理解と書いてわかると読めるくらいには理解わかっています!

 しかし、だからこそ……だからこそと思えてしまうのです……!」


 しばし立ち止まり、力説する彼女に苦笑いを浮かべる。

 そういえば、おじさんののこしてくれたコレクションは量産機らしきモデルが充実していたが……。

 それでもやはり、主役機のそれには数が及んでいなかったと思う。

 マニアの需要と商売の需要というものは常に一致するものではなく、B社は常にその選捨選択を迫られているのかもしれない。


「さあ、こんな所で立ち止まっていたって始まらないぜ。

 二人で一緒に見よう!」


「二人で一緒に……。

 そ、そうですね! はい!」


 二人で連れ立ち、ゆっくりと正面口に向かう。

 そうすると、当然ながら正面口に立つへ近づいていくことになるわけだが……。

 視界の中でどんどん大きさを増していくに近づくと、自分が小人となったような錯覚を覚える。

 そして、ついにその足元へと辿り着き……。


「おおー……。

 やっぱり、間近で見上げるとちがうなあ」


「あのアニメでは、こんなでかい機体が飛んだり跳ねたりしているんですねえ……」


 二人して見上げながら、そんなありきたりな感想を述べた。

 ダイバーシティの正面口に屹立きつりつせしモノ……。

 の正体は――巨大な人型であった。


 全長は、およそ二十メートル。

 とはいえ、目の前に立つそれを数字で表そうとするなど、無粋ぶすいの極みであろう。


 ――大きい。

 重量級の柔道選手であるモギが、足首にすら及ばない。

 それほどに巨大な白亜の機体が、なんの支えも用いず大股で立っている……。

 目の前で現実に存在しているというのに、フェイク映像でも見せられているような気分になった。

 しかも、これは……。


「ただデカイってんじゃ、ここまでの感動は得られないよな……」


「ですです!

 見てください! この随所に施されたモールドを!

 はあ……しゅき」


 両手で頬を押さえながらうっとりとする彼女に、深くうなずく。

 これほどに巨大な建造物であるというのに……。

 象徴的な一本角から、つま先に至るまで……。

 機体は360°抜かりなくモールドが施されており、どこの部分を切り取っても無数の線が視界へ入るように出来ていた。


 昨日完成したRGと、初めて組み上げたEGとを見比べた時にも思ったことだが……。

 立体物における線の数というものは、情報量そのものである。

 線――モールドの数が少ないと、どうしても玩具じみた印象を与えてしまうのだ。


 目の前に立つ像を見て、オモチャのようだと思う人間はこの世におるまい……。

 今にも手足を動かして……あるいは、背部のバーニアを吹かして……。

 アニメそのままの動きをしてみせたとしても、なんら違和感は覚えないであろう。

 いや、むしろこうして身じろぎもしていない状態の方が、冗談じみて感じられるのだ。


「カッコイイな……」


「ええ、本当に……。

 あ、でもでも、キタコ的にはあっち側から見るのがオススメですよ!」


「どれどれ」


 意識してやっているのか……。

 いや、おそらくは無意識であろう。

 ガノに袖を引っ張られ、立像の左かかと部分――今は休業状態らしいトレーラーショップのそばに立つ。

 そこから、改めて見上げると……。


「おお……! なるほどな!」


 流れゆく雲を背景に……。

 雄々しき後ろ姿を見せる立像というシチュエーションになった。

 なるほど、ダイバーシティの建物を背景にするのも巨大感を得られるが、こちらもなかなか……。

 それに、人間でいう顔に当たる部分が隠れることで、かえって見る側の想像力がかき立てられるのである。


「むふふ……!

 キタコ、完成したGプラを眺める時もこの角度が大好きなんです!」


「ああ、いいな……」


 それから、しばらくの間……。

 二人並んで、お台場の大地に立った等身大像を眺め続けるのであった。

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