監督の小説版によると学生時代、学生証の裏にコンドームを仕込んでいた彼が名前を変え海賊になってから搭乗した例の機体
――高校生活というものは、真剣に取り組めばそこらの社会人などよりよほど忙しいものだ。
……とは、父の言葉であるが、学期末を目前に迎えた二月下旬の一週間は、目まぐるしく過ぎ去っていった。
来年の新入部員獲得に向けた作戦会議……。
高校一年生の生活を終え、そろそろ目を向けねばならなくなった将来設計の構築……。
平時の勉学や部の練習も、もちろん手を抜くわけにはいかない。
期末試験を終えたとはいえ、やるべきことは多岐に渡るのである。
そのようなわけで、勉強に部活にと忙しくしていたモギであるが、そんな生活の中でも印象的だったのは、ガノに声をかけるクラスメイトが明らかに増えたことであった。
「ガノちゃん、おはおはー!」
「おお、ガノ! こないだのグループトークはありがとな!」
これまで、一切彼女と接点がなかったクラスメイトたち……。
それが、ガノに対し積極的にあいさつや会話を試みるようになったのだ。
「えっへへ……。
いや、恐縮です……」
とはいえ、元より社交的な性質ではないガノだから、返す言葉もたどたどしく、か細いものになる。
そんな彼女の性格をクラスメイトたちもよく察しており、かける言葉はほんの一言や二言であったが、会話らしい会話がなかった以前とは雲泥の差であると言えよう。
モギ自身、これといって馴れ馴れしい態度を取ることはなく、クラスでは軽く挨拶を交わす程度であったが……。
『ガノ君!
今度の日曜日、楽しみにしています!』
チェインには、ただ一言、そのメッセージが送られていた。
『おう! よろしくな!』
かくして、日曜日……二度目のGプラ制作に彼女と挑む日がやってきたのである。
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「ようこそおいでくださいました!」
「おう、今日もよろしく頼む!」
昼食こそ挟んだものの、部活を終え直接来たこともあり、モギはいつも通りの制服姿であったが……。
ガノの方は、先日に劣らずかわいらしいプリーツスカートコーデであり、やはり、けっこうなオシャレさんであるのだとうかがえた。
「さあさ! さっそく、例のGプラを見せてください! さあ!」
「おう!」
そんな彼女にうながされ、先週は夕食をご馳走になったLDKへ足を踏み入れる。
「と、いうわけで……。
今回持ってきたGプラは、こいつだ!」
そして、テーブルの上にリュックから取り出したGプラをドドンと置いた。
「ふおお!
これは、まさかまさかの……RG!」
それを見たガノが、大きな瞳をきらきらと輝かせる。
先日組み上げたEGなるプラモの箱に比べると、横幅も厚みも1.5倍はあろうかという箱……。
そこに描かれていたのは、銃を構え格好良く立つ機体の姿と、その頭部をアップにした絵であった。
大きさ同様の相違点として、カラフルだったEGの箱とちがいこちらは白黒であり、なんとも渋く高級感がある。
「しかも! まさかの! 限定品!
チタニウムフィニッシュ仕様のX1じゃないですか!
おじさん、よくこんなの手に入れてましたね! 限定品ですよ! これ!」
「そうなのか?
まあ、おじさんは趣味のつながりが広かったみたいだから、そこから手に入れたんだろう。
他にも、地元の模型屋さんと仲良くしてたから、入院してからも商品を取り置いてもらえてたみたいだし」
興奮したガノにまくし立てられ、アゴに指を当てながら出所を考えた。
まあ、持つべきものは同じ趣味の友人と馴染みの店ということだろう。釣り好きの宮田もそう言っていたし。
「ところで、どうしてX1を選んだんですか?
先週は、気になる機体があるとか言ってましたけど?
正直に言って、モギ君とこの機体とで接点が見い出せないのですが?」
「おいおい、そりゃ心外ってもんだぜ」
肩をすくめながら、箱に描かれた機体の絵を見やる。
全体的なシルエットは、どこまでもスマートであり、いかにもヒーロー然としていて格好良い。
特徴的なのは、背部に装着したX状の羽を思わせる部品と、胸部に描かれたヨーロッパ貴族のような紋章……。
そして何より――頭部のドクロマークだ。
さながら、海賊。
ジョニー・デップが主演を務めた海賊映画の世界観が、そのままGプラへ持ち込まれたかのような姿であった。
軽く箱を撫でながら、かつての日……小学校に入るか入らないかというくらいだった幼き日のことを思い出す。
「言っただろ? 俺だって、漫画も読めばゲームだって遊ぶって。
今は見ないけど、小っちゃい頃にはアニメも見たさ。
当然、その時に放送されていたこいつの出るアニメもな……」
「ん?」
なぜかガノは首をかしげたが、それには構わず思い出話を続ける。
「あれ、面白かったよな。
エイリアンみたいなのとか、怪獣みたいなのとか、色んな敵の機体が出てさ。
それで、味方側もそれに合わせて、マッチョになったり忍者になったり変形したり……すごく見応えがあった」
「ああ、いや、それは全くもってキタコも同意ですけど……え?」
ますます首をかしげるガノに、思い出話をとつとつと語った。
「その中でも、一番好きだったのがこの機体なのさ。
今でも鮮明に思い出せるぜ、あの活躍の数々……」
「あの? 本当に思い出せてますか?」
「何を言う? 記憶力には自信があるんだ。
とりわけ好きだったのは、そうだな……。
オープニングの、息を潜めている辺り。
主人公の兄貴と一緒に、決めポーズしてる姿が最高にかっこよかった」
「あー……」
モギの言葉を受けて、ガノは何やら納得したように遠くを見つめる。
そして、優しい目を向けながらこう言ったのであった。
「モギ君……」
「なんだ?」
「すごく言いづらいんですが……。
彼は兄ではなくパパですし、決めポーズしてる機体もまったくの別物です」
「ウソだろ!?」
たった今、思い浮かべていたオープニングで決めポーズをしているあの機体……。
それが脳裏で、ハプニング動画へ登場する犬のように滑って転んで退場していった。
同時に、ちょっと厨二っぽい仕草をしていた若々しいパパも苦笑いを浮かべる。
どうやら、モギの記憶はあやふやもいいところであったらしい。
「ま、まあまあ……。
それはそれとして、これは素晴らしいプラモですから! ぜひ! 作りましょう!」
「ああ、うん、そうだね。
それはそれとして、こっちもかっこいいしね。
ところで、そのパパが乗ってた方の機体ってどんななの?」
「ちょっと待ってくださいね。
アナザー系のは自室に飾ってまして……」
さすがに、寝室を見せる気はないのだろう……。
部屋の中がうかがえないよう、注意深くドアを開け閉めしつつ、ガノが自室からそれを引っ張り出してくる。
「これです」
「あー、なるほど。
言われてみれば、この機体だわ……」
ガノが持ってきてくれた、そのプラモ……。
それは機体色もほぼ黒一色であるし、背部の羽も全く形状が異なるし、眼帯を付けているし、武器は手持ち式の槍であった。
頭部にドクロマークこそ存在するが、持ってきたプラモの箱絵と比べると全然ちがうデザインである。
「なんか……その……あれだ……」
ガノの手に収まったプラモを見ながら、口ごもった。
まさか、心が宿っているということもないだろうが……。
こちらを見据える
「……ごめんなさい」
とりあえず、プラモに向かって謝っておいた。
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