第14話 マロンとメロン
「ああ本当だよ。ラフィより僕の方が速い。ワイバーンには負けるけどね」※1
〜分校三回生の飛行魔法授業で、デカント・イーグルより速く飛べるという噂は本当なのかと聞かれたマンソン先生の回答より〜
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はじまりの泉を走って逃げた猫獣人の少女は雑木林の途中で木陰に隠れると振り返り、追手がないか確認した。
はじまりの泉はブリテン王国令によって立ち入り禁止になっており、常時衛兵が巡回していた。
通常、崖の下にある泉へ降りるには崖にジグザグに掘られた岩階段を降りる。
衛兵は崖の上と滝壺を巡回する決まりになっていたが、崖の下まで降りてくる事はほとんどなかった。
なぜならここが立ち入り禁止なのは宗教的意味合いでしかなく、崖の下の泉には魚がいるだけで盗られて困るものなど何もなかったし、この階段を使わずに下に降りれる人間などいなかったからだ。
さらに言えば、この泉の管理者であるブリテン神官学校の校長デルタは「無明の大賢者」として東の大陸ローデンティアで高名な人物であり、全てを見透かしているという噂があったものだからこんなところへ忍んで来る者など誰もいなかったので、衛兵たちの巡回はのんびりしたものだった。
マロンはその事をよく知っていたので、衛兵の屯所がある岩階段の崖とは別の崖から、器用に爪を立てて登攀して侵入するようにしていた。
学校にいる時に校長の様子も伺ってみたが、噂は所詮噂であり今まで何度も侵入したのに校長は何も言わなかった。
泉で春風に飛びかかった時マロンは背後に衛兵とは違う気配、魔法陣が発生する初期段階の気配を感じて振り返ったのだった。
感の鋭いマロンは魔法陣の発生を人より随分早く察知する事ができた。
それだけでなく魔法陣のわずかなゆらぎの差から、術者についてもなんとなくわかった。
先ほどの魔法陣は教師のソフィエに違いなかった。
ソフィエは優しい教師だったので大好きな先生だったが、校長は推し測れないところがあり、もしかしたら校長の命を受けたソフィエが自分を捕まえに来たのかもしれないと思い、マロンは驚いて逃げ出したのだった。
だが、雑木林でしばらく待ってみてもソフィエが追って来る気配はない。
どうやらうまく逃げおおせたに違いないと踏んだマロンは小脇に抱えていた服を着た。
その時、靴下が片方ない事に気がついた。
「しまった!」
あの靴下は魚の刺繍があるお気に入りで、ソフィエはあの靴下がマロンの物であると知っていた。
戻るかどうかマロンは迷った。
しかし靴下はおそらくあの変態侵入者がいた辺りの木陰にあり、魔法陣の発生位置から考えるとソフィエが靴下を見つけられるとは思えなかった。
考えたマロンは
「そうだ。あの変態が盗んでいった事にすればいいじゃないか」
と名案を思いつきポンと手を打った。
うっしっし、と悪い顔で笑ったマロンは、なんとも小気味のいい走りであっという間に雑木林を抜けると、その先にある小さな山も瞬く間に越えその先にあった建物に入った。
そこはブリテン神官学校寄宿舎だった。
マロンはこの学校の四回生で、二階に自室があった。
この学校は神官学校とはいうものの、魔術師や騎士の資格を得るための学校だった。
ブリテン神官学校には城下町の本校と市街地から離れた丘に建つ分校があった。
ここは分校の寄宿舎で、分校の生徒は全てこの建物に暮らしていた。
ここには魔法の素養がある人間や、将来騎士になりたい人間が集っていて、過程進行状況によって振り分けられた一回生から六回生まで計二十一名が在籍していた。
この人数は本校の十分の一程度だったが、貴族や富裕層しか受け入れない本校と違い素質とやる気のある人間なら身分や年齢に関係なく誰でも受け入れたので、年齢や生い立ちの異なるいろいろな生徒がいた。
ブリテンでは差別の対象になる事もしばしばある猫獣人もまた、ここでは伸び伸びと暮らした。
ウルガの臍から南へ五キロの寄宿舎まで裸足であっという間に駆けて来た猫獣人のマロン・イーロイは寄宿舎に着いた時、一階の医務室に明かりがついていて、先生たちが出入りしているのが見えた。
まずい、と思った。
せっかくソフィエを振り切ったのに、ここで捕まっては元も子もない。
マロンは寄宿舎の裏口ドアを音を立てずに開け、忍足で小走りに自分の部屋まで行きそっと部屋の扉を開け中に入る事に成功した。
そのまま息を殺して寝室へ行き、二段ベットの下へ潜り込み事なきを得て安心したマロンは、魚を食べ損ねたのと、走って来た事が重なって急にお腹が空いてきた。
ぐうぐうなるお腹をさすっていると、食事の邪魔をした痴漢の事を思い出してしまい怒りが込み上げて来てさらに寝付けなくなった。
勉強机の引き出しに隠してあるお菓子を食べようと決め、布団から抜け出そうとふと横を見た時、二段ベットの上からこちらを覗き込むさかさまの顔の光る目に気づき
「ニャッ!」
と悲鳴を上げ、布団に潜り込んで隠れた。
「ニャッ、じゃないよマロン。まさかまたあそこに行ったんじゃないだろうね?」
二段ベッドの上に寝ていたマロンの双子の弟メロンが非難の視線を向け、呆れた口調で言った。
マロンは布団から半分だけ顔を出すと
「行ってない」
と言った。
「じゃあどこに行ってたのさ?」
と逆さまのままメロンが聞いた。
「別に」
とマロンが答えると
はあ、とため息をつき、メロンは顔を引き上げ自分の布団の中に戻り
「バレたら退学だからね。知らないよ僕は。何度も忠告したんだから。おやすみ」
と言った。
「バレっこないし」
「ほら、やっぱり行ったんじゃないか。そんなだから四回生から上がれないんだよ」
とメロンが布団をかぶり目を瞑ったまま説教を始めた。
「五回生だからって威張るなよ。剣武はボク学校順位三位だぞ」
とマロンは鼻を鳴らして言った。
ブリテン神官学校には、魔術と剣武のふたつの科目があった。
というより、そのふたつしかなかった。
一回生から六回生まで学年に関係なく実技試験上位者の順位が発表されていたが、マロンは剣も使わないのに剣武クラスで、本校も合わせて学校の三位に入る優秀な格闘家だった。
しかし所属学年は魔術の実技試験の成績で決められるので魔術の得意な弟メロンは五回生、姉のマロンは四回生なのだった。
最も、二十一名しかいないこの学校の学年にクラス分けはないので、全員が同クラスだった。
ただ、五回生と六回生は下級生の指導役になったり、別授業になったりする事もあった。
六回生になり課題をすべて終了すると、認定試験を受ける資格が与えられる。
魔術師認定試験突破すれば魔術師の称号が与えられ、騎士任官試験を突破すれば騎士の称号が与えられた。
どちらか一方だけを受験するのが常で、資格が不要な物は技術だけ習得して卒業していった。
称号取得後はどちらも最初の数年は「見習い」、という有り難くない枕詞がつく。
しかし称号さえ得る事ができれば、その後現場で経験を積むのは容易だったし、数年で枕詞を返上するのはさほど大変な事ではなかった。
剣武授業での優秀さにかまけて魔法の勉強を怠るマロンに、メロンは説教を続けた。
「学年は魔術試験で決まるんだから、今のまま遊んでばかりいたら卒業できないどころか、学年降下もあると思うよ」
そういうとメロンはまた大きなため息をついた。
「うるさいな!ボクにはボクの考えがあるんだから黙れ!」
マロンは怒鳴ると布団の中に潜り込み、ブツブツ文句を言って不貞腐れながら眠りについた。
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※1速さを聞かれた際のマンソンの定番の返答ジョークであり、ワイバーンの存在は公に明らかになっていない。
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