みーちゃんのねばねばごはん
霜月このは
みーちゃんのねばねばごはん
「あーもう、無理無理無理無理!」
生後7ヶ月の娘を前にして、キッチンでわーわー叫び出す私。
「
「いいよ。ひーくんは、熱があるんだから、休んでて」
いつも料理を担当している夫の
「離乳食ってこんなに大変なんだ……」
普段、家事も育児も、専業主夫の仁に丸投げしてるせいで、ちっとも勝手がわからない。
一応、おかゆだけは仁が冷凍ストックをつくってくれていたのだけど、おかずはちょうどストックを切らしていて。
というか、いつもは毎週末、私が美空と遊んでいる隙に、ちゃちゃっと仕込みをしていたのだけど、土曜日の今朝になって急に39度の発熱。美空にうつしたら大変だし、さすがに病人に料理をさせるわけにはいかない。
というわけで、お腹が空いて泣いて暴れる美空をなだめながら、私は一人、大急ぎで料理をしているところなのだった。
冷凍おかゆをレンジで温めて、ほうれん草を茹でて潰して、しらすをお湯で塩抜きしてから潰して。よし、おかゆと混ぜちゃえ。そしてフーフーと、息を吹きかけて、人肌の温度まで冷ます。
「よし、なんとかできた、と思う。美空ちゃんお待たせ〜。できたよー」
「まんっま! まんま!!」
大興奮の美空に、スプーンでひとくち、おかゆをすくって、口元に持っていく。
「はい。あーん」
大きく口を開ける美空。舌の上にスプーンを乗せる。もぐ、っと咀嚼し始めたその次の瞬間。
ぺっ。
……吐き出された。
「み、美空ちゃん……気に入らなかった? 美味しいと思うんだけど、もう一口だけどう? …………あ、あああ……そうですよねえ……だめですよね……」
どんなになだめようが、ごまかそうが、駄目。子供という生き物は、一度気に入らないと判断したものは、頑として受け入れてくれないものらしい。
「ふええええん」
そのうち、空腹に耐えきれず泣き出す美空。ごめんね、不甲斐ない母で。
諦めてミルクを作り、200cc飲ませる。私の膝の上で、両手で器用に哺乳瓶を持って飲んでいる。いい飲みっぷり。
しかし、もう生後7ヶ月だ。こんなに全然離乳食を食べなくてミルクばかり飲んでいて、無事に卒乳できるんだろうかと、不安になってくる。
ため息をつきながら、私は実家にヘルプコールをすることにした。
「もしもし……あれ、ママ?」
「純花、どうしたの? なんかあった?」
「ちょっと色々あって。ママじゃなくて、どっちかというと、みーちゃんに用があるんだけど」
「はいはい、そういうことね……。
スマホのスピーカーから、ママが大きな声でみーちゃんを呼ぶ声が聞こえる。
実璃=みーちゃん、というのは、ママのパートナーであり、私の育ての親の名前だ。私の親は2人とも女性で、私は、産んでくれた方の母親を『ママ』、もうひとりを『みーちゃん』と呼んでいる。
みーちゃんと私は血のつながりがないけれど、それでも母親であることに変わりはない。どちらかといえば、ママよりも、みーちゃんのほうが家事をしているし、料理上手だし、いわゆる昔ながらのお母さん感はあると思う。
私の方はといえば、そんなみーちゃんに甘やかされて、ママみたいに家事が苦手なまま大きくなったけど、結婚してからは夫の仁が家事をやってくれるから、全然問題はないのだ。
……そのはずだったのだけど。
やっぱりこんなときのために、もっとちゃんと、みーちゃんに教わっておくんだった……なんて、今更後悔しても、遅いかな。そんなことを考えている間に、電話口に聞き慣れた声が出る。
「もしもし、純花?」
「みーちゃん、あのね……」
「なあに、美空、ごはん食べないの?」
「え、なんでわかるの??」
みーちゃん。鋭すぎてこわい。
私は、事の次第を話して聞かせる。
「ふふふ……純花も偏食だったもん、懐かしいね」
「え、そうだったっけ?」
「そうだよぉ。大変だったんだから」
みーちゃんは、そんなことを言って笑う。全くもう、今はそんなこと言ってる場合じゃないんだから。
「ちょっと待ってて。今から昔のレシピ送るから。試してごらん」
みーちゃんはそう言って電話を切る。間髪入れずに通知音が鳴って、端末にレシピのデータが送られてきた。
「みーちゃん、ありがとう……」
涙目になりながら、レシピを開く。
「え、ちょっと、これって……」
書いてあったのは、なかなかに酷い内容だった。
「ネバネバ系ばっかりじゃん!!!」
そこに書いてあったのは、見事なネバネバ系レシピ。たしかにオクラとか納豆とか、一つ一つは美味しい食材ではあるのだけど、それは大人の目線で美味しいと思うのであって、果たして子供の食事としてはどうなんだろう……?
ええい、でも、物は試し!
やけになった私は、さっそく、次の食事のときに試してみることにしたのだった。
「……おはよう。なんかいい匂い。……って、純花、なにやってるの???」
なんとか熱が下がって起きてきた仁が驚いてる声を上げる。
それもそのはず。私は今まさに、みーちゃんのレシピのねばねばごはんを作っているところだったのだ。
見た目は正直、写真映えするとは言えない。
だって、ネバネバ系である。
でも、さすがみーちゃん。親子で同じ食材を使って食べられるように、ちゃんとアレンジされていて、私も仁も美空も、みんなで一緒に食べられるのだ。
茹でて、刻んで、味付けて。色々手間はかかるけれど、けして難しくはなくて、私でもなんとか作れるくらいだった。
「とりあえず、食べてみよう」
「うん。みーちゃんのレシピなら、安心だしね」
さすが、新米母の私よりも、長年慣れ親しんだ幼馴染の母である、みーちゃんのレシピの信頼感、さすがです。
テーブルをガンガン叩いて待ちきれない美空にエプロンをつけてあげて、3人分の配膳、準備完了。
「いただきまーす!!」
……はふ。じゅるじゅる。もぐもぐ。
……ちゅるり。
「おいしい」
「さすが、みーちゃんだね」
「美空ちゃん、どう?」
美空ちゃん、ほっぺに両手を当てて、おいしいのポーズ。
カンカンと食器を叩いて、もっと欲しいの合図まで始めました。
なんだろう、それを見てたら、私まで嬉しくなっちゃった。なんだかしょっぱくなっちゃったのは、きっとねばねばごはんのタレのせいだと思う。
でも……みーちゃん、ありがとう。
たったこれだけのことだけど、私たちの食卓は今日、確かに満たされていて。
私とみーちゃんの間には、血のつながりなんてないけれど、そんなことはちっとも関係なくて。
ああ、これが『母の味』なんだなって、思ったのだった。
みーちゃんのねばねばごはん 霜月このは @konoha_nov
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