第7話 緊張と疑問
眩しい太陽に目を細めながら、空に向かって手をかざす。最近は快晴続きで、雪も降ってない。本格的に春が来はじめていた。
僕とケインが、二人で暮らすことになってから一週間が経った。
その間、一緒に畑仕事をしたり、時間があれば、僕の仕事をケインに手伝ってもらうこともあった。
今日は騎士様が村に視察に来る日だ。騎士様に認められなければ、ケインはこの村に居ることができない。
「緊張するなぁ」
久しぶりに会う騎士様に、僕は胃の辺りが痛くなる。ついでに肩も痛い。
「大丈夫だ、なんとかなる」
「その自信はどこから来るんだよ……」
心労で顔色が悪い僕とは対照的に、ケインは笑顔満面で力強く返事を返す。
騎士様に対して何か失礼なことでも言ったらどうしようと、余計に顔色が悪くなる僕とは裏腹に、ケインは村の門を見て声を上げた。
「あれ、騎士様の一行じゃないか?」
「うん、そうだね」
ケインの見ている方に顔を向けると、あらかじめ開けておいた門から、数人の馬を引き連れた兵士達が入ってくる。その後には僕の知っている騎士様や見慣れない教会の人もいた。
騎士様達は村の広場まで来ると、兵士達は馬を繋ぎに馬小屋のある元村長宅へと向かい、その場に残っているのは騎士様と見知らぬ教会の人だけとなった。
「出迎えご苦労。久しぶりだね、スフェン。
元気にしてたかい?」
騎乗中に乱れたであろう衣服を手で整えながら、騎士様はそう言ってこちらに向かって歩いてくる。騎士様は、綺麗な金の短髪に茶色の目、大柄な見た目をしている。
「こちらこそ、お越し頂きありがとうございます!お久しぶりでございます騎士様。おかげさまで、日々仕事に励んでいます」
「それは良かった。それにしても、少し見ないうちに顔付きが良くなったね。隣の彼のおかげかな?」
騎士様はニコニコとしながら、僕の隣に立つケインを上から下まで眺めている。
「はい、多分そうだと思います……。それと、もしよろしければ、彼を紹介してもよろしいですか?」
隣で僕を見ながら、微笑んでいるケインを横目に僕は騎士様に尋ねてみた。
僕の不安そうな口調に、一瞬、目を丸くする騎士様だったが、すぐに大きく笑いだした。
「何を言われるのかと思えば、そんなことか。構わんよ、私はそんな事で気分を害するほど、狭量の狭い男ではないさ」
「ありがとうございます!」
「良かったね」と僕は言い、ケインに挨拶するよう促す。
ケインは一つ咳払いをしたあと、恭しく礼をする。
「お初にお目にかかります、ケインと申します。元はしがない旅商人でしたが、今はこのスフェンと共にこの村で暮らしております。どうぞ、お見知り置き下さい」
僕は正直びっくりした。少々大雑把なところのあるケインが、こんなに丁寧に誰かと話しているのを見たのは初めてだからだ。村に来たキャラバンの商人にさえ、図々しく値切れ交渉をしていたというのに。
「ケインというのか、覚えておこう。スフェンが世話になっているな礼を言うぞ。」
「勿体なきお言葉、恐悦至極に存じます」
騎士様はその言葉に満足そうに頷くと、ケインの左肩に手を置いた。
心なしか、爪が食い込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「スフェンの目は、この通り村人にしては少々珍しい。邪な気持ちで近づく者が今後いるやもしれん。その時は頼んだぞ」
「は、はい……。仰せの通りに」
なんか知らないけど、ケインの顔色が心なしか悪い気がする。騎士様は人を脅したりするようなお人ではないから僕の気のせいだろうけど。
「では、私はそろそろ失礼するよ。後ろにいる彼と頼んでいた埋葬についてはまた明日、話す時間を作る。」
「かしこまりました」
騎士様は、僕の返事に満足そうに頷くと、後ろに控えていた教会の人を連れて部下の待つ元村長宅へと歩いて行った。
それから日が暮れて、満月の光が部屋を僅かに照らしていた。他に部屋の中を照らすのは暖炉に燻っている火と、燭台の明かりだけだった。
「……なぁ」
「なにケイン?」
あの後、騎士様を見送った僕達は家に戻り、お疲れ会と称して早めの夕飯を食べていた。そんな中、ケインが思い詰めたように僕に声をかける。
「スフェン、お前やっぱり貴族の庶子なんじゃないか?」
シードルを飲みながら僕は返事を返す。
「またその話?流石にそれはないよ。昼間の騎士様とのやり取りでそう思ったんなら、ただの勘違いだよ。」
「本当にそう思うか?」
「うん。騎士様は12歳で天涯孤独になった子供の僕に、同情してくれているだけさ」
逆にそれ以外に何があると言うのだろうか?僕自身に心当たりがないのだから、真相はどっちにしろ分からないというのに。
「そっかぁ……、俺の考えすぎか。いや、でもそうだよなぁ」
「何をそんなに悩んでるの?ケインらしくもない」
「そうだよな、考えてもどうにもならない事考えてもしょうがないよな!よし、酒飲むか!」
そう言って、ゴソゴソと棚からワインを取ってこようとしたので、僕は足を引っ掛けてケインを転ばした。
「いってぇ!瓶が割れたらどうするんだよー!」
「明日も騎士様に会うのに酒を飲もうとするんじゃない!また床に転がりたいの!!」
「ちぇっ」
以前、奮発して買ったワインを飲みすぎたせいでそのまま床で寝落ちし、寝違えてうなされた思い出は、まだ僕達の中では新しかった。
まったく、どっちが年上なんだか。と、口惜しそうにワインを元に戻すケインを見ながら僕はそう思うのだった。
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