第10話

「い、いや。元はと言えば、持って帰った俺が悪いし。それ、大事な物……だよな?」

「……お姉ちゃんに貰った」

「そ、そうか……でも、それはもう、学校へは持ってこない方がいいぞ」


 浩志の言葉に、少女は、小さく首を傾げる。


「いや、その、小さいから失くしやすいじゃん。それに、誰かに見つかって取られるかもしれないし。……まぁ、俺が言えたことじゃないけれど」


 浩志は苦笑いをしつつ、少女の顔を見る。少し大きめの真新しい制服に包まれた少女は、浩志の言葉に、どこか悲しげな顔を見せる。


「……でも、コレはお姉ちゃんがくれたものだから……」


 手の中の指輪を固く握りしめた少女の言葉は、どこか要領を得ない。


「だから、お前の大切なものなんだろ? 失くしたくないなら、持ってくるなよ。家で大事に保管しておけよ」


 浩志の言葉に、少女は、イヤイヤをする様に、頭を横に振る。そのどこか子供じみた仕草に浩志は、小さな苛立ちを覚えた。


「そうかよ。まぁ、どうでもいいや。俺には関係ないことだし。また、失くして困るのは、お前だしな。それじゃあな」


 浩志は、苛立つ思いを抑え込み、それだけ言うと、きびすを返す。


 後味の悪い別れ方に、軽く舌打ちをして、数歩進むと、冷たい風に乗って、また、微かに声がした。


「……じゃ、ない……」

「えっ? 何?」


 浩志は思わず振り返り、少女に聞き返した。


 少女は、両手を固く握り、体の内から絞り出すように声を張った。


「お前じゃないもん!」

「はっ?」

「せつなは、お前じゃないもん!!」

「せつな?」

「せつなは、せつなだもん。お前じゃないもん!」


 少女は、両眼に涙を溜めて、浩志に挑むような視線を向ける。その視線を無防備に受けつつ、しばらくの間、浩志の頭の中では、少女の言葉がリフレインされていた。


 そして、浩志は、ようやく、少女の言葉の意味を理解した。


「ああ、お前、せつなって名前なのか!」

「お前じゃないもん!」


 浩志の言葉に、せつなは、眉間に皺を寄せて、噛み付いてくる。


「ああ。ごめん。それじゃあ、せつな。大切な指輪失くすなよ」


 浩志は、せつなに向かって軽く手を上げると、また踵を返し、校舎内へと戻っていった。

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