反論!

——8月

本当に峰岸さんは帰って来なかった。

先日、萌恵ちゃんからプーケットでのリア充生活をインスタにUPする峰岸さんへの文句をたっぷりと聞かされた。


私もあれは良くないなと思った。

水着の白人女性に囲まれて、鼻の下伸ばしているのが在り在りとしているんだもの。


もうどうなっても知らないよ..


そういえば、『アクチーニャ』にはサウザーダイビングでダイブマスターになった竹内君が加入した。

私からの紹介ということで萌恵ちゃんは頼りにすると言っていた。


=====


今年の夏はやたらと台風が多い。

しかも変なコースをたどるW台風になることが多かった。


夏はダイビング業界の繁忙期だけど、このお盆休みも台風が接近して、東伊豆・西伊豆とも海は大荒れになってしまった。


しかし前日までの雨風が嘘のように晴れ上がった8月16日、サウザーダイビングはアドバンス講習と体験ダイビングを2日間にわたり開催することとなったのだ。


場所は16日土肥ビーチ、17日黄金崎ビーチだ。


台風が過ぎた直後の土肥ビーチ。

海はとても静かになっていた。


問題なのは透明度だ。


上から見ても透明度が悪いのが良くわかる。


片岡さんは陽菜乃さんをアシスタントにつけてアドバンス講習をはじめた。


私は2名の体験ダイビングを割り当てられた。


「片岡さん、これ、本当にやるんですか? 体験なのにこんなに濁っていたら面白くないんじゃないですか? 」


「面白いか面白くないかは客が決める事だろ。商売なんだから連れて入ればいいんだよ。適当に10分くらいで切り上げれば、一応水の中で呼吸して満足するんだからそれでいいんだ」


まるで悪徳ショップそのものだ..

片岡さんは時々こういう感じの事を言う。


そのため、ダイビング後にゲストと揉めることも度々あった。


申し込みの時に提示された金額と全然違うと言い争いになったこともあった。


ファンダイビング組と講習組をまとめてダイビングすることもあり、純粋にダイビングしたかったゲストが文句を言ったこともあった。


レンタルグローブをなくしたゲストに新品同等の紛失料金を請求しなければならなくなり、車中でずっと『詐欺だ』、『悪徳だ』のと責められた覚えもある。


私の体験ダイビングのコースはあらかじめ片岡さんが決めていた。

ビーチの波打ち際を出発し、向かい側の桟橋先にある釣り堀ステージからエキジットするのだ。

ふつうに潜って進めば10分もかからない距離だ。


私は2人の女性ゲストに海のコンディションはあまり良くないことを正直に伝えた。

だけど目の前にある海と、台風一過の夏らしい陽射しに2人のテンションは爆上がり。


心の中ではキャンセルを願っていたのに..


私は器材の使い方、耳抜きの方法、そして異常があった時のサインなどを説明した。


いよいよ体験ダイビングスタートだ。

ひとりは順調に潜れたのだが、もうひとりが水の中でバタバタともがいている。

水の中で安定しない為、身体に力が入りすぎているのだ。

その要素に間違いなく透明度の悪さも関係している。


3mもない透明度が泥の舞い上がりで更に悪くなる。


私は2人を連れて、足早にその場を離れた。


水深5mの場所でやっと身体も安定し、2人は落ち着きを取り戻していた。

透明度も先ほどより見えるようになった。


それでも目の前を通るマダイやクロサギが時々見えたり見えなかったりだけど..


時折、2人の耳の状態をハンドシグナルで確認しながら注意深くダイビングを続ける。


漁礁近くのイソギンチャクにはクマノミがいる。

さすが定番のクマノミ。

その愛らしい姿に2人は、はしゃいでいる。


そして乱立する岩の間を適当にまわる。

遠くに連れて行くわけにも行かないし、この透明度のためエキジット近くを適当に周るほかない。


時間が15分くらいたったところで、釣り堀ステージのラダーを登る。


体験ダイビング終了だ。


器材を降ろすとひとりのゲストの様子が変だ。


「大丈夫ですか? 」

「耳が痛い」


「今も痛いですか? 」

「海に入ってずーっと痛かった。我慢してたの」


「でも、OKサインだしてましたよね」

「少しくらい大丈夫かと思ったの! だけど、後半ずっと痛かった。私もうダイビングなんかしたくない! 」


そんな訴えに私の心は痛んだ。


ゲストの何かしらの変化に気づけなかった未熟さと、ダイビングを嫌いになってしまったことがショックだった。


私には非がない事をもうひとりのゲストが証言してくれた。

逆に無茶な我慢をしていた友達に呆れていたくらいだった。



****


お客様は自分たちで予約したホテルに帰り、私たちは土肥近くの民宿に泊まった。


宿泊先に着くとすぐに片岡さんは私と陽菜乃さんの部屋にやって来た。


『(おいでなすった.. やっぱり今回も私だけ片岡さんに怒られるんだ)』と私は覚悟していた。


「やってくれたな! おまえ! 」


今日は静かに切り出してきた。


泊り2日間の土肥・黄金崎体験ダイビング。

翌日、彼女たちを黄金崎に連れて行ってもう1本体験ダイビングを行う予定だったのだ。


「おまえはもういい。明日は陽菜乃が体験やるから。もし、今日ここで泊まるならその宿泊費は自分で出せよ。おまえは明日、仕事しないで帰るだけなんだから」


そんな無茶苦茶な言葉にさすがに私も反論した。


「そうですか。また私だけが責められるんですね! 宿泊費だって今までも出してくれたことなんかないじゃないですか! 」


今までの事もあって悔し涙が出そうになった。


「やっぱり酷いよ。変だよ! 片岡さん。みんな、店の為に働いてるのに桃ちゃんだけ責めてばかり。働いているのに宿泊費を自己負担させているのだって変だよ」


めずらしく陽菜乃さんが片岡さんに反論している。


そして「桃ちゃん、ごめんね」と言いながら私を抱きしめた。


陽菜乃さんは泣いていたけど、正直私には陽菜乃さんが泣いている理由がよくわからなかった。


だが、それでも片岡さんの強気な態度は変わらない。


「何言ってる! こっちは経験を積める場を与えてやってるんだ! 」


「そんなの欺瞞ぎまんじゃない!! 」


いつになく陽菜乃さんが泣きなから声を荒げると片岡さんが引いた。


「いいよ。じゃあ、宿泊費はこっちで出すし、明日も体験やれるようならやればいい! 」


そういうと片岡さんは部屋を出て行った。


=====


——翌日、黄金崎ビーチ


耳が痛いと言ったゲストは施設から手を振っていた。


どうやら大事には至らなかったようだ。

私はもう一人のゲストを海に連れて行った。


黄金崎のコンディションは凄く良く、潮は白っぽさを残すが10mはあった。


海に入るとマダイのダイちゃんがずっと私たちの近くにいてくれた。

日差しが良くソラスズメダイもキラキラしていてすごく綺麗だった。


黄金崎の体験は、ほぼゴロタの上で行われたので泥が巻き上がることもなく快適だった。

イサキの群れ、クロホシイシモチの群れ、穴の中のアカハタやハコフグなども見れてゲストは大満足だった。


ゲストの満面の笑みに昨夜からの私のモヤモヤも少し晴れた気がする。


帰りの車中、後部座席から2人の様子をうかがう。


あんな風に言い合ってしまったあと正直、私は片岡さんと会話しづらいのだが、意外にも陽菜乃さんはいつもの調子で片岡さんと会話をしていた。


私は陽菜乃さんのメンタルの強さに感心していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る