風鈴の音
「だいたい約束を破る男ってどうかと思いますよ! 正直、ふざけんなって思っちゃいまひたよ。すいませんね。なんか.. でもれ、思うんですよ! ▽◇〇△□.. 」
「まいっちゃうなぁ.. 」
「ごめんね、七海。この先、長くなりそうだから帰っていいよ」
私は七海の耳元でささやいた。
「ああ.. このお酒っておいしいですね。あ、梅酒か.. ん? ちょっと萌恵の話を聞いてますか? 七海さんと桃ちゃん」
「桃ちゃん!? 」
萌恵ちゃんがなぜ荒れているのかというと..
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
——数時間前のこと..
「もっちん、明日は海にいくの? 」
「うん。明日は休みになったよ」
「じゃ、今夜飲みに行こうよ。久しぶりにさ」
突然、遊びに来た七海は、飲みに誘ってくれた。
「でも、今日は先約があるんだ。私のダイビング仲間とね」
「そうなの? その子が嫌じゃなければ、一緒にどうかな? 」
「じゃ、ちょっと連絡してみようか? 」
という感じで、3人で幡ヶ谷の沖縄風居酒屋『琉球酒場』へやってきたのだが..
「七海と萌恵ちゃんは初めてだよね? 」
「うん。新井七海です。よろしくね」
「私は清水萌恵です。よろしくお願いします」
そういえば、2人が出会う機会は過去にあったのだ。
昨年の明里さんが哲夫さんの頬を叩いたあの『第2回お月見会』だ。
あの時、萌恵ちゃんは用事があって参加できなかったのだ。
琉球酒場の料理はとってもおいしく、何といっても泡盛で作った梅酒が最高だった。
いつもよりもハイペースでお酒が進んだ。
「あの時、私も何が起きたのかわからなかったよ。いきなり明里さんが間に入って来てバーンって腕フルスイングだったから」
七海はビュンビュン腕を振っていた。
「七海、誇張しすぎだよ。もっとソフトだったでしょ。こんな感じくらいでしょ」
私も大きく腕を振る。
「その話、聞いて思いました! さすが明里さんだなって! 」
と萌恵ちゃんは鼻腔をわずかに広げて誇らしげな顔をした。
続けて萌恵ちゃんの口は止まらなかった。
梅酒をグイっと口に含むとしゃべりは続いた。
「男って本当に勝手ですよね。私も待っていたんです! でも、もう限界ですよ、桃さん。
私もう乗り換えます! 」
「え? それって峰岸さんの事? 」
「なになに? 峰岸さんって? その話、もうちょっと頂戴!! おもしろそう」
「もう! 七海は! だって峰岸さんはもうすぐ帰ってくるじゃない。なんで?? 」
「私、この事を桃さんに伝えに来たんです。まず、これを見てくださいよ! 」
桃ちゃんがバッグのポケットから取り出したのは手紙だった。
「ねぇ? これ、見て大丈夫なの? 平気な内容かな?? 」
「いいです! この際、もうどうでもいいです! 」
そういうと萌恵ちゃんはさらに梅酒を飲み干し、お替りを注文した。
その手紙の内容は凄くシンプルだった。
オーストラリアでいろいろ経験した峰岸さんは、もっといろんな国を見てみたくなった。
ホームシェアをしていた友達を伝手に今度はプーケットに滞在する予定だというのだ。
そこには『もちろんダイビングの経験や他の経験もいっぱいしてくる』と書かれてあった。
萌恵ちゃんに目を向けるとグイグイと酒を頬張るように飲み、目つきがヤバそうになってきた。
「萌恵ちゃん、もうウーロン茶にしよう? 」
「いいじゃん、桃。飲みたい時に飲むもんだよ。お酒は」
「もう七海は無責任な」
七海は半ば面白がっているようだった。
萌恵ちゃんが勢いよく口を開く。
「それ見ましたか! 一年待ったんです。峰岸さんが『萌恵を忘れない』って抱きしめてくれたから一年れすよ。それなのにまた勝手に旅に行くなんてひろくないですか!? そこに書いてあるでしょ。『ダイビングの経験や他の経験』って。『他の経験』ってなんですか? 桃さん!? 『他の経験』って×××を×××するってことなんじゃないですか!!? 」
「ちょ、ちょっと、萌恵ちゃん、声大きいよ」
「はははははは! 」
「ちょっと七海、笑い事じゃないよ! 」
「ごめん、ごめん。萌恵ちゃんが歯切れがよいから、つい 」
その後、完全に出来上がった萌恵ちゃんの愚痴は止まらずに、ついには七海もくたびれてしまった。
「だいたい約束を破る男ってどうかと思いますよ! 正直、ふざけんなって思っちゃいまひたよ。すいませんね。なんか.. でもれ、思うんですよ! ▽◇〇△□.. 」
「まいっちゃうなぁ.. 」
「ごめんね、七海。この先、長くなりそうだから帰っていいよ」
私は七海の耳元でささやいた。
「ああ.. このお酒っておいしいですね。あ、梅酒か.. ん? ちょっと萌恵の話を聞いてますか? 七海さんと桃ちゃん」
「桃ちゃん!? 」
私を『ちゃん』呼びにする萌恵ちゃんに驚きながらも、その目に浮かぶ涙が人ごとには思えなかった。
私は店の外で七海に謝り、先に帰ってもらった。
そして萌恵ちゃんを店の外のベンチに連れていき、酔いがさめるのを待った。
「(まったく.. 何やってるの、峰岸さんは.. )」
桜の木の下に吊るしてある提灯がほのかな灯りをともす。
腕に萌恵ちゃんのぬくもりを感じる。萌恵ちゃん..
「もっちん、買ってきたよ」
七海がウーロン茶を買って戻って来た。
「帰っても良かったのに。なんで? 」
「ばかだね。萌恵ちゃんを担ぐ時ひとりじゃ大変でしょ。もっちんの部屋は階段が急なんだから」
七海はそういうと『ニッ』と笑った。
そんな会話をしていると萌恵ちゃんが!! Д√Σθ√α‰!!!
「うわー! 派手にもどしちゃった! ..ちょっとお店に新聞紙ないか聞いてくるよ」
その夜、七海も萌恵ちゃんも私の部屋で泊まった。
静寂の中、走り去るスクーターに目が覚める。
その時、ぽつりとひとこと『峰岸さん』と小さな声が聞こえた。
軒先の風鈴がリィンと小さく音をたてると、私は再び目をつぶった。
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