月は見守る
哲夫さんの合格発表から10日後、『第2回お月見会』を行った。
参加者は哲夫さん、七海、シューファ、それと令次さん。
そして今回は明里さんが参加してくれた。
蘭子と萌恵ちゃんにも声をかけたが残念ながら都合が合わなかった。
昨年同様にお団子を手作りするのだが、今回はシューファも手伝ってくれた。
お団子を手作りするのが初めてのシューファは終始楽しそうにはしゃいでいる。
2度目ということもあり、前よりも効率よく上手にできたと思う。
餡子、黄な粉などのトッピング、そして忘れてはならない三宝(餅台)。
「ねぇ、七海、桃、三宝への乗せ方って何か伝統的な決まりとかあるのかな? 」
昨年、私達がした会話をそのままシューファがつぶやくものだから、おもわずふきだした。
「なんでもいいんじゃない? 」
去年は用意し忘れたススキも花瓶に射し、お団子が乗った三宝の横に添えた。
幸運にも雲も風もない穏やかな空だ。
****
午後8:00
駐車場にてテーブルを準備していると哲夫さんと令次さんがやって来た。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
やっぱり最初に口を開いたのは令次さんからだった。
いつになく礼儀正しい
「琴緒さんも来れたらよかったのに」
「何でも友達と先約があるそうなんだよね。でも蘭子さんが来るかはしっかりチェックしていたよ。もし蘭子さんが参加してたら100%来てたでしょうね。しょうがない奴だよ」
「あはは。わかる。あの様子ですからね」
「シューファちゃんは? 」
(やっぱりシューファが気になるんだ。琴緒さんと大差ないな)
「シューファはいま台所にいますよ。そろそろ来るんじゃないかな? 」
シューファがやってくると令次さんの舌はますます
もともと私以上に天然なシューファはいつもと同じようにあっけらかんと令次さんの話し相手になっている。
「いい月だね、七海」
「うん。そうだね」
「今日は招いていただいてありがとう」
遅れて明里さんが到着した。
七海は明里さんの色っぽさに目を丸くしていた。
そりゃそうだ。
明里さんの美しさは私たちの中では群を抜いている。
ダイビング場でも男性たちはまず明里さんに視線が行く。
しかも今日は和服だ。
わずかなその乱れ髪が色っぽさに拍車をかけて女性でさえあてられてしまうほどだった。
「もっちん、あの人が明里さん? すっごくない? 」
「ははは」
*****
明里さんが参加したことで女性陣は男性そっちのけの状態で盛り上がっていた。
とくに七海は明里さんにどうやったらそこまで色っぽくなれるのかレクチャーしてもらおうとしていたくらいだ。
満月のあかりの中、団子と抹茶で時は過ぎていく。
しばらくするとお月見会の本題である哲夫さんの合否の発表が行われた。
「今日はお月見会にお呼びいただき兄ともども感謝しています。え~気になる哲夫の司法試験の結果ですが..あとはてっちゃんから」
「司法試験は合格しました。みなさんには良くしていただき感謝しています。ありがとうございました」
哲夫さんが短い言葉で感謝を述べると、それをきっかけに七海が声を荒げた
「ならさー! なんであんな事言ったのよ! 私、本当は今日ずーっと黙っていようかと思ったけど、やっぱりダメだ。あんたが一番感謝すべきは私とかじゃない。いつもあんたのことを心配していた、もっちんだ! あんたは桃だけに感謝すればいいんだ。それなのにあんたは! 」
****
——それは司法試験の合格発表から4日目のことだった。
仕事が終わり私は哲夫さんの部屋をノックした。
「こんばんは、哲夫さん、今度のお月見会にはね、七海とシューファとダイビング仲間の明里さんも来てくれるんだよ。明里さんなんて凄く美人なんだ。お楽しみにね! 」
「そうですか」
「そういえば、哲夫さん、これから『司法修復』っていう研修やるんですよね? 私、少しだけ調べたんですよ。法律家の研修みたいのですよね。私が損害保険の実習生をやったみたいなもんですよね。あ、一緒にしちゃ失礼かな。それと2回試験っていう言われる最終試験にも挑まないといけないんですよね。まだまだ大変だなぁ」
「桃さん、僕は名古屋に行きます」
「へぇ、名古屋ですか。名古屋と言えば『ういろう』ですね♪ で、何日間くらい行くんですか? 」
「僕は研修場所の希望地を名古屋にしたんです」
「え? どういうこと? もしかして東京から離れるってこと? 」
「 ..はい ..僕は名古屋の叔父の法律事務所で働くつもりです。だから研修場所も名古屋にしました」
私は静かに哲夫さんの話を聞いた。
そして理解し納得した。
哲夫さんが『弁護士』を目指した理由は、弁護士の叔父を尊敬していたから。
その叔父のもとで働くため今まで努力をしていた。
哲夫さんは長年目指していた『夢』にようやく手が届きそうなんだ。
その夢を誰であろうと止める事なんてできない。
ましてや出会って15カ月くらいの自分が何か言うべきことではない。
そもそも、婚約者でもなければ『彼女』ですらないんだから....
ただ、私が淋しいだけなんだ。
「そうですか。そういえば哲夫さんの夢を聞くの初めてでしたね。その夢が叶いそうなら、がんばってくださいね」
私は笑顔で言った。
笑って哲夫さんを見送るのが正しい事だと思った。
****
七海は怒りが冷め止まずに言葉を続けた。
「勝手なひとだよ! あなたを誰よりも大切に思う人を置きざりに、自分だけ名古屋に行くなんて言——」
バチンッ!!!
「明里さん!? 」
七海がまだ言葉を言い終わる前に明里さんが哲夫さんの顔に思い切りビンタをした。
そして言った。
「ごめんなさい。私は哲夫さんの事も桃ちゃんがどんな想いで支えてきたかもよく知らない。でも ..きっと誰かがあなたの頬を思いっきり叩いてもいいと思った」
七海は怒り、明里さんは叩き、シューファと令次さんは事の成り行きにアタフタしているだけだった。
「もっちん! もっちんは哲夫さんに残ってほしいんでしょ!?」
「私は.. 私は哲夫さんの夢を叶えるのが一番正しい事だと思っている。今は夢を叶えることだけに力を注ぐべきだと思う。だって、そのためにがんばってきたんだもん。私は変わらずに応援してるよ」
お月見会は
立ち去り際、七海は言った。
「もっちんはバカだ! 」
泣いてるシューファを令次さんが送っていった。
哲夫さんは明里さんに一礼すると家に帰った。
「さっ、私も手伝うから片付けましょ」
明里さんはテーブルの上を片付け始めた。
テーブルや椅子も倉庫にしまい終えると、明里さんがお茶を入れてくれた。
「桃ちゃん、どうぞ」
「何かすいません.. せっかく『お月見会』来ていただいたのに。こんなことになっちゃって」
「何でなの? 」
「はい? 」
「桃ちゃん、何で笑っているの? 哲夫さんの事好きなんでしょ? 」
「好きというか.. 私、哲夫さんの『がんばり』を『支えたい』って思って応援していたんです。だから.. だから、その『支えたい』をここで
それに.. 私が泣くと親友の七海がもっと怒ったり、悲しんだりしちゃいますからね.. 」
私がそう言うと、ひと呼吸おいて明里さんが言った。
「私はあなたの親友じゃないわ! それに哲夫さんのことも知らない!
だから 桃ちゃん、今は自分に正直になってもいいのよ」
「 ..あかりさん.. ほんとうは いやだ。いやだよ.. 」
私は明里さんの胸で泣いた。
明里さんの胸からは匂い袋の香りがした。
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