震え
今年のお盆休みは『ショップVisit』のダイビングツアーや『チーム・アクチーニャ』のダイビングイベントに参加したりで、ダイビング尽くしのお盆だった。
今回、チームで潜ったダイビングポイントは東伊豆で最も人気が高い『伊豆の浜ダイブパーク(通称DIP)』だ。
「あれ? IDP(IZU DIVING PARK)じゃないの? 」
「ゴロですよ、ゴロ。IDPは言いづらいからDIPって呼ばれているんですよ」と萌恵ちゃんが説明してくれた。
メンバーは萌恵ちゃん、明里さんも参加して総勢5人でダイビング。
DIPは初めて潜るダイビングポイントだ♪
「桃さん、DIPはすごく施設いいですよ」
「うん。雑誌とかには良く載ってるよね。ダイバーのための施設なんでしょ? 凄い楽しみ」
DIPに到着すると これでもかというほどのダイバーの数だった。
到着は10:00。でも既に施設内のテーブルは全て埋まっている。
私たちは芝生にレジャーシートを敷いてそこを拠点にすることにした。
もちろんレジャーパラソルなど無く、お日様降り注ぐ青空下だ。
「桃さん、あっちにプールもあるんだよ。それに狭いけど深いプールも。行ってみます? 」
「ほんと? 行く! 行く! 」
「じゃ、私はその間受付してくるわね」
明里さんは受付の施設へ向かった。
「ほら、桃さん何かの講習やってますよ。OW講習かな? 」
萌恵ちゃんはしっかり堂々と指をさして大きな声で言った。
「それっぽいね。私はダメ生徒だったからプール講習は落第しちゃった口だよ」
「そうなんですか!? 私は一発合格でしたよ! 」
いつもながら萌恵ちゃんの歯に衣着せぬお言葉だ。
DIPはダイバー用プールの他、海沿いには石造りの子供用プールも設営されている本格的な海レジャー施設だ。
その施設内を萌恵ちゃんは丁寧に案内してくれた。
「桃さん、海にはあそこからエントリーするんですよ」
萌恵ちゃんが指さす先には、ダイバーが1列に並び順番を待っている。
—ザバンッ
時々、しぶきをあげながら大波がダイバーに覆いかぶさってくる。
「うわっ! けっこうな波が来るんだね」
「そうそう、でも私はあれが結構好きなんです。タイミングみて波を搔いくぐる感じ。それが凄く楽しいんです。桃さんもきっと楽しめると思いますよ」
私たちはブリーフィングを念入りに行うと、DIPダイビングを満喫した。
1本目はディープでワイルドな岩根が連なるコースを散策。
『大の根』と呼ばれる岩には、クエが住む穴がある。
心ワクワク♪ 中を覗くが残念..不在だ。
しかし黄色の背中が綺麗なルリハタやユニークなイタチウオと出会う事が出来た。
ジュズエダカリナには大きなオオモンカエルアンコウ。
水深27mにあるムチヤギには身体が透明なガラスハゼやビシャモンエビが住んでいた。
私達は深いコースは取らなかったけど、そのワイルドな地形は飽きることがない面白さだった。
野性的な1本目に対して2本目はゆったり砂地をお散歩。
どこかに金運上がる『黄金ヒラメ』が隠れているらしいのだが..
透明度良い真っ青な海に雲海のようなアジの群れが出現する。
圧倒的な数の上に腹がキラキラと反射してとても綺麗だった。
岩が重なる漁礁からはトラウツボが鋭い歯をカチカチ!
ゆるい流れにハタタテダイの群れがいっぱい! たくさん!
まるでそこは南国の海のようだった。
2本のダイビングを終えると気持ちの良い太陽の光を浴びながら芝生で休憩する。
それぞれ、タオルを顔にかけて寝そべったり、お菓子をつまんでマッタリしたり、または図鑑を片手に魚を調べたりして過ごしている。
私はというと、現在、受講中のレスキューダイバーの話を明里さんにしていた。
そんな中、萌恵ちゃんが海を指さしながら言った。
「桃さん、海で誰か大きく手を振ってますよ! 私たちも手を振り返しましょうか」
「あ、本当だ。知り合いに合図でも出してるのかなぁ」
「でも.. 何か叫んでない? 」
明里さんがその異常に気が付いた。
何やら騒然としはじめたエントリー口。
そこに居合わせたガイドやインストラクターたちがマスクとフィンをつけ次々と海に飛び込む。
「何やってんだ、お前! どけ、どけ、そこあけろっ! 」
「おいっ! 誰か早くAED持って来いっ! 」
怒号が飛び交う!
手を振っていたダイバーが力なく陸に上がり、その震える口で状況を説明する。
それを聞くと、さらに数人のダイバーが海に入った。
間もなくダイバーアラームが海上でけたたましく音を鳴らす。
叫び声がする。
何かを、いや、誰かを曳行して来た。
静まり返るエキジット口!
陸に上げられぐったりしているダイバー。
誰かが必死に何かを施している。
あれは..胸部圧迫だ。
泣き崩れる萌恵ちゃんを明里さんが抱き寄せる。
私は固まってしまった。
やがて救急隊が到着し事故者がタンカに乗せられた。
私は運ばれていく事故者の顔を見てしまった。
中年の男性だ。
口からわずかに血が混じるピンク色の泡をふいていた。
それがポトポトと乾いた地面に落ちる。
めまい。
私はその場に崩れた。
足はガクガクと震えていた。
騒然としたダイビング場はしばらくするといつもの様相に戻っていく。
ダイバーたちは何もなかったかのようにダイビングを続けていた。
しかしチーム「アクチーニャ」は片づけをはじめた。
間近で海難事故を目撃してしまい、とても3本目を潜る雰囲気ではなかったのだ。
帰り道、時が過ぎると、ようやく賑やかな雰囲気が戻る。
誰かが言う冗談にみんなの笑顔が見えた。
私は、萌恵ちゃんの笑顔、明里さんの笑顔を見つめながら考えていた。
事故が起きた時、私に何ができるだろうか?
いや、私は何かをすべきなのだ。
きっと私はもっともっと頑張らなくちゃいけないんだ!
その時、私はそんな風に考えていたのだ。
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