音を掻き鳴らせ!!

「桃、おまえ最近、日焼けしてるな。あまり日焼けするとシミが出来ちゃうぞ! 」

そんな憎まれ口を言いながらお父さんが私の腕をつつく。


「まだ若いから大丈夫です。でも、やっぱり黒くなった?日焼けは天敵なんだよなぁ..」


「まぁ、そんなの気にしていたら何事も楽しめないからな。どんどん日焼けしちゃえ! それより海の事故をニュースで見ると、父さんちょっと心配になるんだ。気を付けてくれよ。若い頃っていうのは多少の無理するからな、どうかそこのところ頼むよ」


「うん。わかってる。私、今、そういうのを習っているから安心して」


「そうか。まぁ、おまえがそう言うのなら大丈夫だろうがな」

「お父さん。ありがと」


私がお父さんにピタッとくっつくと、大きな手が私の頭をクシャっとした。


「じゃ、お父さん、お疲れさま」

「おう、お疲れっ」


****


仕事を終え、いつものように太郎丸の散歩から帰ると玄関前に2つの人影があった。


目を凝らすと....


「あれ!? 吾妻先生! 」

「どうも、こんばんは。都会議員のあがつま~たかおです」


先生はいつもののっぺりした口調で挨拶した。


「今日はどうしたんですか? ポスターですか? 」

「いえいえ、今日は、まぁ少し個人的な活動というか.. この子なんですが.. ほら、あいさつしなさい」


「こんばんは」

「あら、君は吉野さんの..えーと」


「吉野 翔です。去年は助けていただいてありがとうございました」


翔君は深々と頭を下げた。


「この子があなたにお礼を言いたいと言うので、連れて参りました」


——吉野 翔君は、ここ柿沢自動車整備会社斜め前に住んでいた男の子。

父親のDVが酷く「哲夫の部屋」に母親と一時的に避難していた。

父親の激しい怒号に警察を呼んだが、警察は一向に取り合おうとしない。

そこにちょうど良く現れたのが都会議員の吾妻先生だ。

吾妻先生の計らいで警察と保護団体が動いてくれて、今は父親と離れて暮らしているらしい——


「わざわざ、あいさつに来てくれるなんて。先生まで一緒に」


「まぁ~、それもあったのですが、実は翔君の私物を取りに来たんですよ。それでひとりで行かせるわけにも行きませんし、母親が行けばまたトラブルになるでしょうから、私が一緒にね」


「そうなんですか。ねぇ、翔君が背負ってるのはギターだね。それはエレキギター? 」

「うん」


「翔君、そういうときは『はい』じゃないかな」

とまるで親のように先生は注意した。


「はい」

翔君は素直に言い直す。


「いいんですよ。そうだ、ちょっとお茶出しますんで中へどうぞ」


「ああ、そんなに気を遣わないでください」

「いいんです。私、翔君のギターを見てみたいんです」


****


「ほうじ茶でいいですか? 」

「いやいや、それで十分です。ありがとうございます」


「ねぇ、翔君、ギター開けていい? お姉さんも、ほら、あそこにギターがあるでしょ。やってたんだよ。ちょうど君くらいの頃からね」


ギターケースを開けるとそこにはネックが割れてしまったエレキギターが入っていた。

聞きなれないメーカーだったけど綺麗に磨かれていて大切にしていたギターだとすぐにわかった。


「このギター..中学入学にお母さんが買ってくれて。フォークギターだと『うるさい』って父さんが怒るから。音が鳴らないエレキならいいって」


「そっか。そんな理由でエレキ買う人もいるんだね。ね、アンプにつないだことある? ちょっとつないでみる? このギターは..きっともうダメだと思う。私のギター弾いてみなよ」


——ブスン。ジー・・・——


私はBOSSのディストーションとオーバードライブを連結させた。


「お待たせ。じゃ、ギターの音量を上げてごらん! そしておもいっきりピックで鳴らすんだ!! 」


——グアアアアーン!!


「イエーィ! 」

「すごい音! 僕、アンプで音鳴らすの初めてだ! 」


「もう一回、いやもっともっとかき鳴らせーっ! 」


ガーン! ガーン! グアーン!


「どう? 」

「うん、すごくかっこいい!! 」


「君、みどころあるね! そう! ROCKはかっこよくなきゃね! 」

「うん!  ..うんっ!! 」

翔君は目を輝かせていた。


・・・・・・

・・


「 ..僕のギターがもうダメなくらいに壊れてるのは知ってた。だってお父さんが床に何度もたたきつけたから。それでも僕の近くに置いておきたかったんだ....」


「 ..ねぇ、翔君、このギターね、私の大切なギターなんだ。だから凄くわかるよ。そうだ、ちょっと待ってて」


私はクローゼットの中にしまっていたエメラルドグリーンのグラデーションが入ったSCHECTERのギターを持ってきた。ケースの上には少しだけホコリがかぶっていた。

久しぶりに出したギターは蛍光灯の明かりに輝きを取り戻したようだった。


「このギターね。実はこっちのギターより高いんだよ。..これ、君がもしギターを続けるっていうならあげるよ。そのかわり大切にしてね」

「えっ、でも」


「ほら、持ってごらん」

「うん」


——シャーン シャーン


ギターは軽快な音を鳴らしている。


翔君は何かに気が付いた....


「あっ、これ.. これ、もらうことできないよ」


「君はやっぱり見どころがあるね。私、そのギターで一番練習したから」


翔君が気付いたのは愛器によく見られるネックについた手跡だった。


「僕にもわかるよ。これ、きっと大切なギターだ。もらえないよ」



「ん~..じゃ、こうしよう! これはレンタルってことでどう? 君が大切なギターを手に入れたときに返してくれたまえよ!! ..それにクローゼットに眠っているよりギターも『音鳴らしたい』って言ってるから」


そう言うと翔君は明るい笑顔を見せてくれた。


「ありがとう」


私は最後に最も大切なことを伝えた。


「翔君、ひとつ君にクエストを与える! 君は「VEVEDI」というバンドを探し、それを聞くこと! 」

「VEVEDI? 」


「うん。お姉ちゃんの大切な友達のバンドなんだ。応援よろしくね!! 」


私はズバっとメロイックサインをかざした。


何か新しい道に進む手伝いができたみたいで凄く満足だった。


そういえば、吾妻先生は『この子』って言ってたけど....もしかして??

でも相変わらずの決めセリフを言いながら去って行くなんて ..変な人だったな。


『何か困ったことがありましたら どうぞあなたの あがつま~たかお まで』


お決まりのセリフを思い出すと『ぷっ』と思わず吹き出してしまった。

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