もしも魔法があったなら

エナガウミ

第1話 始業式、明日は入学式

 鉄格子のさらに奥、ガラス窓はピンク色だった。


 「明日は新一年生にとって喜ばしい日で―—。」


 夏休み前日のような始まりの空気感に浮き足立つ。胸が高鳴る。こんな日の式辞なら、むしろ雰囲気を演出してくれるので悪くない。


 「みなさんには上級生として―—。」


 頭はぽうっと真っ白な夢を見ているよう。


 「短い春休みでしたがみなさんはどのようにお過ごし致しましたでしょうか。私は―—。」


 ああ、やっぱり早く終わってほしい。今すぐこの春の空気を自分だけのものにしたい。

 そんな気持ちを抱えたまま、その他諸々のあいさつに食い気味で頷き、式歌は自分だけに聞こえる声でやり過ごす。

 そして、ついに始業式を終える。教室に戻ってからのホームルームは12時40分に差し掛かるよりも早く終わった。居残って談笑したり午後の予定を決めたりしているクラスメイトを視界の端に感じつつ、俺は一人で教室を抜け出す。早歩きで向かったのは玄関、ではなくて美術室であった。


 そしてひと呼吸おいて、扉を開ける。


 部屋は自然光だけでは薄暗く廊下よりも少しひんやりしている。この暗さが落ち着くんだよなあ。そこで頭をよぎる”陰気”という言葉。しかしすぐに”それの何が悪い”という開き直りの言葉で消える。

 ここ美術室は俺の所属する美術部の活動場所でもある。とは言え始業式の日なので誰かが入ってくる心配はないだろう。いや、それ以前に本校は運動部が有名なため美術部含めた文化部は人気がないのである。そして我が美術部の部員は二人。今年の新入生をなんとしても勧誘しなくては。


 俺は美術室の一角にある椅子の山から一つを引っ張り出して窓際の定位置へ。そして窓際にぽつんと置かれた椅子に座って窓の外を眺める。そうするとグラウンド、桜並木、下校する生徒がよく見える。まさに青春、まさに春という景色。

 グラウンドでは陸上部と野球部が部活動準備をしている。こんな日にわざわざ汗をかくとは愚かだなあ、とまではまあ思わないものの、自己嫌悪に陥る前に景色を見るのをやめた。

 今から家に帰ってもやることは変わらない。だから、どうせなら春を感じられるこの場所で過ごすのも悪くは無いと思っていた。しかし、美術室の暖房が切れているようで思ったよりも少しだけ肌寒い。

 とりあえず、今日はここで二時間ほど読書して過ごそうと決意する。俺は最近買った小説を取り出そうと鞄に手を伸ばす。


 ――その時、美術室のドアがガラッと開いて部屋の明かりが点灯する。俺は思わずびくっと顔を上げる。


 そこには紺色の指定ジャージをだるんと着る女子生徒の姿があった。


 彼女が来た。





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