第27話 ギーリウス・ラウカー夫婦(2)
サーキスが大声を上げた。
「俺、それ読んだ! 言われたらその男は言動がギルにそっくりだったぜ!」
「その通りだ。登場人物は俺と女魔法使いがモデルになっている。それを俺の嫁が読んで以来、ミアから俺への締め付けが厳しくなった。一人でどこかへ行こうものなら、『ギルはどこか小説家さんの所へでも行こうとしてるんじゃないかしら?』などと嫌味を言うようになった。たまらないぞ…」
「かわいそう」
「それでお願いがあるんだが、さっきミアが浮気の現場でも見たら報告してくれというようなことを言っていたが、やめて欲しい。もし俺が喫茶店などでどこかの女と談笑でもしていたら、サーキスお前は、宿屋に一緒に入って行く勢いだったみたいな感じで、面白がって話に尾ひれを付けて告げ口するだろう。そうすると離婚することになりかねない。いや、浮気をするつもりなんて元からサラサラない。お願いだ」
「いいよ」
パディがあっさり了解した。
「黙ってる代わりに条件があるよ!
「あ、それいいね! 俺も
「くっそー、うちの寺院は蘇生に一回五千ゴールド取ってるんだぞー。足元見やがって。わかった! いいだろう! 好きに俺を呼べ!」
パディが指を鳴らして喜んだ。
「やったね! でも、『マリーの恋』は僕も読んでみたいね!」
サーキスが自慢げに言う。
「あ、俺が持ってるよ! 今度貸してあげる!」
「ま、待て読むな!」
「はっはーん! さあギル君! 僕を止められるものなら止めてごらん!」
「くそーっ! 何で俺が会う奴、会う奴こういう奴らばかりなんだ!」
*
ナタリー食堂では酒を何種類か取り扱っている。そういったわけで夕方になると労働を終えた人々が集まって来る場所でもあった。ナタリー食堂で客の喧騒も大きくなる中、テーブルを囲んだリリカ、ファナ、ミアの三人は飲食が進んでいた。
「んー。こうやって新しくできたお友達と飲むお酒はおいしいですわ」
ミアはいける口であるらしく、ワインを何杯もおかわりしていた。酒の強いリリカと同等の飲み手だった。
「ファナさんは飲まないのですね」
「うん、お酒はおいしくないもん。ところで旦那さんのギルとの馴れ初めってどんな感じ?」
「あたしもそれ聞いてみたい。正直言ってあなた達夫婦って似合ってないというか、美女と野獣? みたいよね」
リリカがソーセージを小皿に取り分けてミアに渡す。
「リリカさん、どうも。…で、ギル本人が聞くと真っ赤になって怒るからこうやって別々の場所に来て大正解ですわ。
私は数年前に、とある理由からイステラ王国のカレンジュラという都市に引っ越しまして、そこの雑貨屋と言いますか、武器屋みたいな店で働いてましたの。そこで客として訪れたギルに声をかけられました。何度も来るんで変だと思っていましたが、私目当てだったのですね」
「はははー! 何かあの顔から想像できなーい!」
「それでまんまと私はデートに誘われて…。あ、その前に! 私が住んでいる所では当時、近所に酒場がありませんでした。かつて一軒だけ存在していましたが、経営不振で倒産したらしいのです。そこがギルの友達の店、何度か私達が言うセルガーさんという人の酒場でした。
ギルは考えました。カレンジュラ市には私を誘う場所がない。なので酒場を作ろうと。それで潰れたセルガーさんの店に押し入ってギルが無理矢理オーナーになったんです。私とデートをするために」
「すごい! 情熱的!」
「師匠の息子も結構おバカね!」
「ふふふ。今となって考えますが、ギルは友人のセルガーさんを助けるためでもあったのです。一石二鳥ですね。後は私は彼のことがすぐ好きになったのだけど、肝心のギルはなかなか告白して来ない…。かと思えば約束していたデートの日に違う女の人とその酒場でお酒を飲んでました」
「なにそれサイテー!」
「許せないわ!」
「私は
「最後のミアの気持ちがよくわからないけど、ギルが行動力がある人ってことはわかったよ!」
リリカはグラスの酒を口に含みながら思う。
(本当よね…。ギーリウスって浮気性なのかしら…)
ファナが唐突に言った。どうしても黙っていられないようだった。
「私、サーキスのことが好きなんだ!」
「まあ、素敵! お二人はお似合いですよ!」
「ありがとう! でもなあ…」
(最近、サーキスはリリカと仲がいいみたいだし、リリカのことが好きなんて言い出したらどうしよう…。最悪の四角関係になっちゃうよ…)
*
サーキス達が酒を酌み交わす中、ファナが息を切らしながら病院へ一人戻って来た。そして大きな声でサーキスに言った。
「リリカが酔いつぶれちゃった! いつもよりすごいペースでお酒を飲んでたもん! ちょっとサーキス、ナタリーおばさんの店まで来てくれない⁉」
「あ、ああ」
「私は先に食堂に戻ってる!」
ファナがまた駆け足で病院を去るとサーキスは重い腰を上げてパディに言った。
「先生、ちょっくら俺行って来る」
「ああ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
サーキスが行ってしまうとパディがギルに言った。
「ギル君、君達は寺院のことや君のお父さんのことなんかひた隠しにしているね。二人して口にしないのはそれがきっと君達に、生命の危機に繋がるからだと思う。違ってる?」
「当たってるな。…俺達は、特に寺院の名前は誰にも知られたくないな。しかし、あんたは口が堅そうだ。サーキスもドクターパディのことを信頼しているようだし、いつかあんたに話す時が来るかもしれない。…それから寺院が崩壊したのは俺のせいだ。行くあてのないサーキスの世話をしてくれてありがたいと思う。感謝する」
「こほっ…い、いや世話になっているのはこっちの方だよ!」
*
すっかり暗くなった夜道にサーキスは酔いつぶれたリリカに肩を貸して歩いていた。すぐ隣にはファナ、少し後ろをミアが付いて来ている。
「あのね、私サーキスに言いたいことがあるんだけど」
「何? ファナ」
「初めてサーキスに会った日に、サーキスは私が作ったサンドイッチをおいしそうに食べてくれたよね。それで私は思ったんだ。こんなに幸せそうな顔で私が作った物を食べてくれる人と付き合ったら私も幸せになれそうって」
サーキスはファナが何を言っているのか理解できない様子だった。
「魔法が使えるのにそれを全然鼻にかけないし、悪い拳闘士さんもやっつけて会心させて、カップルを一組救っちゃう。私から見たらスーパーマンだよ。だいたいねえ、ばあちゃんを助けた時点で私に命令すればよかったんだよ。これからもばあちゃんを助けて欲しかったら俺の女になれー! ってね!」
自分の想いを言い切ったファナは顔を紅潮させている。返事がどうあれ満足したという様子だった。鈍いサーキスもしばらくして告白されたことに気が付いた。
「リリカ! 起きて! 俺ファナから告白された!」
サーキスはリリカを揺さぶった。
「もう、うっさいわね…。せっかくほろ酔い気分で愛の告白を聞いてるのに…」
「ほろ酔いじゃなくて泥酔だろ! いや、そんなことよりどうしたらいい⁉」
「えっと、あんたがファナの好きなところと、お付き合いしてください。で、いいんじゃない?」
「ファナ! 俺はファナのかわいくてお喋りなところが好きです! 俺と付き合ってください!」
「うん! よろしくね!」
(サーキスはもうちょっと言葉がなかったかしら…)
こうしてカップルが誕生したのだが、余韻に浸る間もなくファナが言った。
「サーキス、すぐ近くに友達がいてアドバイスしてもらえてよかったね!」
「ちょっと、あたしとサーキスは友達じゃないわ。職場の先輩よ。パイセンって呼びなさい…」
後ろからミアが悪ノリして言った。
「ではお二人、誓いのキスを」
「しないよ!」
「しないぜ! でも、ファナのばあちゃんが助かったのはほとんど先生の力だぜ。人助けする人が好きならあの場合、先生のことを好きになるんじゃないの?」
ファナが呆れた顔をする。
「あの場面でチュルチュルのおじさんを好きになる人なんか千人に一人ぐらいだよ!」
「百万人に一人かもな!」
二人が大笑いしているとリリカは憤慨した。
(この二人、下世話なところがそっくりよね! お似合いのカップルだわ!)
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