第25話 かつての仲間 ギーリウス・バレンタイン
ギルは眠ったままのジョセフを背負ってサーキスと一緒に並木道を歩いていた。ギーリウス・ラウカー。彼の旧姓はギーリウス・バレンタイン。ローマにかつてあったバレンタイン寺院の牧師、ユリウス・バレンタインの息子だ。
ギルが足元を見て言った。
「レンガ道が綺麗だ。この道はロベリア市まで続いているんだぞ。素晴らしいな。走りやすいことこの上ない。ここと比べたらイステラ王国は金がないように見える。俺の家の周りは地面が泥だ。水はけが悪い」
「ところでお前、本当に強いな! 速い!」
「ふんっ。普通の人間を蹴ったのはいつぶりか…。ちなみにジョセフはちょっと見えるらしいぞ」
「マジか⁉ …そう言えばお前のこと師匠って呼んでたもんな! 剣術の弟子か?」
「そうだ。俺が孤児院に住みだしてから剣の素振りをしていたら弟子にしてくれって言い出した。教えてみたらかなり素材がいい。孤児院はちょっと能力が長けるおかしな奴が何人かいるぞ。これが悩みの種なのだが…」
「ギル。お前、師匠って言われて嬉しいだろうー!」
「そ、そんなことないぞ…」
(フッ。こいつがどもる時は図星の証拠だぜ)
一旦、サーキスは真面目な顔になって本題に入った。
「お前、寺院の連中と誰かと会ったか?」
「セルガーとしばらく一緒に仕事をしていた」
「マジか⁉ どこで⁉」
「イステラ王国のカレンジュラって都市は知ってるか? イステラの南の方だが…。知らないか? まあいい。俺は寺院を出てから各国を巡って最後にカレンジュラ市へ行った。そこには悪の魔法使い退治のおふれが出ていた」
「思い出した! セルガーはそこの酒場のせがれだった!」
セルガー、という男はバレンタイン寺院の最後の弟子だった。サーキスの後輩にあたるが年齢は彼らの六歳上。たぐいまれなその輝く信仰心で人の三倍の早さで僧侶の呪文を覚えていった。寺院に希望をもたらした男だ。ジョセフを背負うギルが言った。
「そうだ。そこでほどなくしてセルガーの店、アリエーブの酒場が潰れた。それで俺がそこの社長になって酒場を立て直したんだ。今はそこそこ儲かってるらしいぞ」
「ふーん。酒場ねえ…。じゃあ寺院兼、酒場みたいな感じの店? 僧侶がいる酒場兼、寺院?」
「セルガーは他人に自分が僧侶だということを名乗っていない。誰もあいつが呪文が使えることは知らないんだ。ただの酒場の親父を演じている」
サーキスはそれに対して言葉が出なかった。今日一番の驚きだった。自分が死んだことなど問題ではないぐらいだ。ギルは続けて言った。
「俺の嫁さんがセルガーと友達なんだ。あいつら、いまだに手紙のやり取りとかしている。で、俺が本人から聞いたわけではないが、『僧侶の呪文で全ての人間を助けることは不可能だ。だから俺は誰一人助けない』だと。嫁さんづてに聞いた。それでいて修業は辞めない。すでにあいつも
「いや、天才は理解できねえ…。全く間違いのない生き方だぜ。矛盾ゼロ。それは正しいと思うよ…。だけどな…」
「お前、泣くな! この泣き虫が! ちなみにうちの孤児院はセルガーから援助を受けている。一応、俺も牧師として回復とか蘇生とか看板を出しているがほとんど客が来ない。だから毎日肉体労働で汗を流している。困ったものだ」
「ぶふー! お前達ってやっぱり仲良しだよな! 寺院の時からいつも一緒だったもんなー! 親友だよなあ」
「あんなデブ、誰が友達だ! ところでお前は? 誰かと会ったか?」
「カイルとずっと一緒に旅してた。何年もな。最後はブルガリアで別れたよ。バレンタイン寺院が崩壊したあの日、俺が一人で逃げてたら、後ろからカイルが追いかけて来た。寺院の中で俺が二番目に強いから、俺と一緒に行動した方が生存率が高くなるってよ」
カイルはサーキスの五歳上。ギルは二人が喧嘩をする姿を見ていたのでサーキスとカイルの組み合わせは意外なものだった。サーキスが続けた。
「生き残るだけならギルとパーティー組めって言ったら、『あいつは苦手だ』って。馬鹿だな。それでカイルは暖かい所へ行きたいって言ってたから、俺達は南方を目指してた。たまに人の怪我を治して金持ちそうな奴からは金をもらって、貧乏そうな人間からは金をもらわなかった。勝手気ままな旅だったぜ。
寺院から解放されてそれはもうストレスがなくなった。呪文を好きな人間にだけ使うってのは実に気分がいい。
それでいて俺達は風来坊だったから、翌日にはもうそこにいないわけだ。期待して俺達を頼って来た人間はさぞやがっかりしたことだろう。全く無責任極まりなかったぜ。それで各国を観光しながらゆっくりと一年半かけて俺達はエジプトまでたどり着いた。そして異常に暑くて俺達が住める場所ではないと知った」
ここでサーキスは言葉を止めた。次に大事なことを言おうとするのが伺えた。
「ギル。親っさんだけど、俺達の師匠って、お前生きているって思ってるだろ?」
「そうじゃないのか⁉ たまに
「俺達の師匠、バレンタイン牧師は結婚を禁止する法律を破った代表としてローマで処刑された。三年と少し前の二月十四日のことだ。そう。座標が動いているから生きているようにも見える。俺達も最初は生きているって思っていた。でも、本当に一度は親っさんは殺されているんだ。
エジプトに到着した時、急にカイルがこんなことを言い出した。『今、ローマってどうなってるんだろ? 親っさんもどうしてるんだ?』って。捜索の呪文でユリウス・バレンタインの位置を調べてみたら、ローマよりだいぶ北に移動していたんだ。
それで俺達はとりあえず、ローマに帰ることにした。俺が
嘘だと思って何人も同じことを訊いたら、皆が口を揃えて首をはねられて死んだと言っていた。墓場も教えてもらった。そこで中身が空だとわかっている謎の墓参りをしていたら、親っさんを捕まえた本人と名乗るおっさんが現れた」
「は? 何でそんなことになる?」
「そのおっさんが、『お前達はもしかして元バレンタイン寺院の僧侶か?』って尋ねられて、俺は間違えて『はい』って言ってしまった。慌てて逃げようとしたらそのおっさんに引き止められた。そしてあの日のことを教えてくれた。
寺院が崩壊したあの日、ローマの警察だけが寺院を襲ってきたと思っていたら、兵士も合同で協力していたらしい。それであんなに大勢だったんだ。そのおっさんは配下を引き連れてバレンタイン牧師を包囲したそうだ。
熊のような体格のバレンタイン牧師が今にも飛びかかって来そうだったが、おっさんはなだめるようにこう言ったそうだ。『あなたのお弟子さん達のおかげで部下の兵士達皆が結婚できました。心底感謝しています。本当ならバレンタイン牧師を見逃してあげたいところですが、そうしてしまうと自分も部下も皇帝に殺される。
それで提案ですが一度だけ捕まってもらえないでしょうか。殺されると思いますが、牧師の遺体は埋葬させません。国外に移動させて生き返らせてもらおうと思います』ってな。
親っさん、バレンタイン牧師はその提案に乗ったそうだ。ま、やらせの処刑ってことだ。約束は守られて親っさんの遺体は国外に持ち出された。その兵士のおっさんは牧師がその後どうなったかは知らないらしい。俺とカイルは親っさんを探す旅へと目的を変更した。親っさんの今の状態は三パターンだ。
一、生きている。
二、遺骨にされて誰かが持ち運んでいる。
三、一度蘇生に失敗して魂の器になって誰かが運んでいる。
…だな。死んでいたら生き返らせてあげたかった。でも…、何度考えても親っさんと再会したら、あの人を苦しめるだけじゃないかって頭によぎるんだ。今のあの人は俺達に道を示してやれるとは思えねえ。じゃあ、また寺院をやりましょうって言えばいいのか?
…結局、お互いに困り果てるところしか想像できなかった。そんなことを考えていたら成り行きでパディ先生の病院で働くことになった。俺はもう病院から離れない。親っさんを探す旅は終わったぜ。お前と会わせてやりたかった。ごめんなギル…」
「何を言うか! あんなクソ親父探す価値はないぞ! ドクターパディの方が百倍素晴らしい! さっきも言ったが今の仕事は似合っているぞ! 極まるまでやれ! …仕事は難しいか?」
「そうなんだ…。僧侶の呪文が使えれば誰でも病院で働けそうに見えるけど、意外とそうでもないんだぜ。まず臓器を覚えなくちゃいけない。間違えたことを先生に伝えれば、先生はそこを見ようと切ってしまう。責任は重大だ。ここまで覚えるのにリリカに何度も怒られたよ。何回も泣かされた…」
しんみりと涙を流していたサーキスだったが、少し元気にこう言った。
「セルガーって僧侶から酒場の親父をやってるんだろ? それって『転職』じゃないのか? 能力や信仰心が著しく落ちるんじゃないのか?」
「え⁉ いやそれは俺も考えたことがなかった! どうなんだ実際? いやあいつは最後まで呪文を覚えられたのだから冒険者の転職には当たらないはずだ。俺も色々とアルバイトをしたが、呪文や信仰心に影響を受けたことはなかったぞ」
「なら、僧侶が剣を持って振り回して魔物と戦ったら?」
「それは駄目だろう。戒律違反どころじゃない。そいつはもう僧侶じゃなくなる。僧侶が刃物を持っていい時は調理なんかする時だけだ。人を切ったりなんかしたら、たちどころに信仰心はなくなるぞ」
「他に、僧侶がシャレで魔法使いの呪文書を読みながら、まかり間違って
ギルはサーキスの言葉を不思議に思った。
(何だ。こいつは質問をしておきながら、自分で答えている…。普段からこんなことを考えているのか…。こいつまさか…)
ギルは言った。
「じゃあ、そろそろ帰るな。コウスイスラクション・ロウコトスピア……」
「引き止めて悪かったぜ。そうそう! お前の奥さん見てみたいぜ! きっとゴリラみたいな筋肉女だろう!」
ケラケラと笑うサーキスに殺意が湧いたギルであったが、ここはこらえて
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