第22話 ギーリウスとジョセフ少年(1)
「はい、おまちどおさまー。当店特製プリンでーす」
サーキス、リリカ、ファナは街のスイーツ店でテーブルを囲んでいた。
「うおーっ、何だこれは⁉」
ウエイトレスが持って来た物に驚くサーキス。二人はそれをよそに、いつも通りという表情でその黄色く輝く柔らかいデザートを目で見て楽しんだ。
ここのケーキ店は販売だけでなく、飲食も可能で喫茶店さながらにテーブルを十ほど用意している。それが全て埋まる盛況ぶり。
「このプリンはとろっと固めるためにコーンスターチという粉が使われているわ」
リリカはプリンに手も付けずに語り続ける。
「ペニシリンという薬を作ったゲイルさんという人は、パディ先生と共にペニシリンを量産させるためにコーンスティーブ液を必要としたの。コーンスティーブ液はコーンスターチを作った時に出る残留物なの。
もちろんこの国には初めからコーンスターチなどなかったわ。だからコーンスターチという物の必要性を街の誰かに伝えて作ってもらう必要があったわ。その一人がここのスイーツ店のクレストさんなの」
「お前が何を言っているのかわからないけど、うまいぜプリン!」
「うーん、医療っておいしんだね! 冷たくてぷるぷるー!」
「ちょっと! ファナはいいけど、サーキスあんたは話を聞きなさいよ! プリンはペニシリンの副産物なのよ! あんたの食べ方にはありがたみが全然ないわ!」
三人がそんなやり取りをしていると、細長いコック帽の中年がリリカ達の前に現れた。
「こんにちは、リリカさん! お客で来てるなら言ってくれたらいいのに!」
「こんにちは、クレストさん。それは差し出がましいので。こっちは友達と、男の方は病院の同僚です」
「こんにちは。リリカさんには何年も前からお世話になっているんだよ。おかげで店は大繁盛。魔法で氷も作ってもらってるんだ」
「なるほど! 氷屋さんは顔が広いぜ!」
「あたしを氷屋さんって言うな!」
一同が笑っていると、サーキスは不意に店の外に知り合いのような人間を見かけた。黒髪で筋肉は盛り上がっている。そして、その青い瞳は目つきが悪く、人を遠ざける悪人のような顔をしていた。
(え⁉ あれはギルじゃないのか⁉ 何でここに⁉)
サーキスはプリンを一気にたいらげると席を立った。
「ごめん、ちょっと出て来る。知り合いかもしれない」
「待ってよ、サーキス!」
ファナ達の声も無視してサーキスは店を出た。
サーキスが遠巻きに男の観察を始めると、彼は八百屋で野菜や果物を手に取って見ていた。誰かと一緒に行動している様子もない。それから腰にロングソードをぶら下げていた。
(たぶん師匠の息子、ギルだよな…?)
その男は八百屋から離れると、物珍しそうにあちらこちらを見ながら歩き出した。白いTシャツの後ろ姿を追従しながらサーキスは一つだけ不可解なことを考えていた。
(あいつ最後に見た時より、すごく筋肉モリモリになってる…。前からすごかったけど、服がぴっちぴちだぜ…。本当に本人かな…。よーし!)
「おいギーリウス! ギーリウス・バレンタイン!」
ギーリウスと呼ばれた男は肩をびくつかせると駆け足でその場から逃げ出した。
「うわっ、逃げた! 待てーっ」
サーキスは追ったが、人間離れしたその男の足に追いつけず、あっという間に彼を見逃した。
「しまった! フルネームで呼んだから逃げたんだ! ギルって言えばよかった! えっとどうしよう…。そうだ!
サーキスは大急ぎで呪文を唱えた。
「…ガァズヒン・イルニスシアトリ・キドネティ・
彼の頭に西に百五、北に二十という数字がよぎる。
「うそっ! もうそんなに遠くに⁉ やっぱりあいつだったのか? 何をしてたんだ…」
*
「先生、ちょっと聞いてくださいよ!」
翌朝の診察室、リリカはパディに愚痴をこぼしていた。
「サーキスにペニシリンの話をしたけど全然それに興味を持たないんですよ!」
「ふーん、ペニシリンは一部の肺炎にも効果があるんだけどねー。こほこほっ」
「肺炎って治せるのか⁉」
「まあ、肺炎は種類があるから全てっていうわけではないけど、現在ペニシリン以外も、僕の知り合いで製薬会社のゲイル・マルクさんっていう人が一生懸命作ってるよ」
(すごいぜ…。絶対に無理だと思っていたから今まで質問もしなかった…)
「あのね、先生って人から『パディ先生にはもっと前に出会いたかった』とかよく言われない?」
「たまに言われるかな?」
パディがたおやかに笑っていると、玄関から大声が聞こえた。
「おーい! 誰かいないのか⁉ 急患だ!」
サーキスが玄関へ行くとそこには昨日見た男が立っていた。やはり腰には鞘に収めたロングソードをぶら下げている。
「やっぱり、ギルだったか⁉」
「おう! お前の声に似ていると思ったが、サーキスお前、ここで働いていたのか⁉」
ギルと呼ばれた彼の背中には子供がおんぶされていた。
「貴様との話は後だ! 背中のこいつはジョセフ! 以前から腹が痛いと言っていたが、夜中になって具合が急変した!」
「ちょっと診察室に寝かせよう」
サーキスとギルが急ぎ足で診察室へ行き、パディ達との挨拶はそこそこでジョセフという少年を診ることになった。
「ジョセフの年齢は十歳! 家はイステラ王国のロベリア市の孤児院だ! 俺は孤児院をやっている! しばらく前からジョセフは腹が痛いと毎日口にするようだったので、ロベリアの病院を何件か廻っていた。だが、わからず仕舞い。そして何人かの医者が言った。もしかしたら、スレーゼンのライス病院なら治せるかも、と! それで昨日は下見でスレーゼンまで来ていたんだ!」
少年はうなされて苦しんでいる。ギーリウスという男はかなり焦った様子だった。
「でも、夜中に悪くなってどうやってここまで来たんだ?」
ベッドの横になった少年にパディが腹を押して患部を探し続ける。
「こいつを背負って走って来た!」
リリカが驚いた。
「嘘でしょ⁉ イステラ王国はここから四十キロから五十キロは離れてますよ!」
「し、師匠は足が速いんだよ…。フフ、フフフ…」
少年が弱々しく喋るとギーリウスは怒鳴った。
「お前は喋るな! ドクター! あんたわかるか⁉」
ギーリウスの焦り方から少年は彼にとってとても大事な存在だとわかる。
「どう、ジョセフ君? この辺かな?」
パディが右下辺りの腹部を押した。
「う、うん…。そこ痛い…。あんまり触らないで…」
「ちょっと前は真ん中辺りが痛くなかった?」
「…う、うん…! そう…」
「虫垂炎かな? サーキス、宝箱をお願い」
「了解。アハウスリース・フィギャメイク……テュアルミュールソー・リヴィア・
ギーリウスは何を言っているのか、何をやっているのか理解できない様子だった。
「…やっぱり虫垂炎だ! かなりでかい! おい、ギル! お前も
「え?」
「
「宝箱解除専用の呪文と思っていたぞ…。なんだ…。アハウスリース・フィギャメイク・コトゲイシャス……リヴィア・
手のひらをかざしたギーリウスの視界に臓器が広がった。
「ここだ! な? すごいだろ?」
「ど、どこだ? 人の体は、初めて見るぞ…。こうやって見ると、グ、グロテスクだな…」
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