第17話 先生、サーキスが病院に来てません!(1)
「おはようございまーす…。ふあああぁぁ。ねむねむ…」
早朝七時頃、サーキスがあくびをしながら病院へ出勤する。特に勤務時間は決まっていなかったが、働き者の彼の朝はいつも早い。見れば玄関先でリリカが酷く動揺しながら言った。
「先生が昨夜から帰らないのよ! 探さないと!」
リリカはサーキスの出勤を待ちかまえていたようだった。
「ふーん。どうしたんだろ…」
「ちょっと! こんなことは初めてなのよ! 先生は意味もなく夜遊びをする人じゃないわ! 探して!
「お、おう…」
僧侶の呪文の
「トリメンスペーク・モナスタリ…」
「……イルニスシアトリ・キドネティ・
サーキスの脳裏に『西十三南百九十五』という数字が浮かんだ。
「歩いて五分ぐらいの所だ。南の方だ。行こう」
すっかり目が覚めたサーキスはリリカと一緒に病院を出た。
通りを歩きながら二人は無言だった。嫌な予感がする。サーキスは水分を欲した。喉がこれまでにないほどにカラカラだ。
「この辺りのはずなんだけど…。待ってろ。もう一回、
呪文を唱えたサーキスは驚いた。
「え、ええ⁉ 左に数歩ぐらいの所だ! この塀の向こう側だ!」
鼓動が一気に早くなった。
「先生!」
リリカが叫んだが、返事がなかった。彼女はサーキスが言う方向へ駆け出した。
「キャーーッ!」
サーキスがおそるおそるリリカの後を追うとそこにはゴミの上に尻もちをつくように座り込んだパディがいた。目は見開いたまま動かず、舌を丸出しにしている。
「死んでる⁉」
「ああーっ! どうしようどうしよう⁉ そうだわ! 警察! 警察を呼んで来るわ! サーキスはここで待ってて!」
サーキスが返事をする間もなく、リリカは走り出した。
「お、俺を一人に…。先生、どうしちゃったんだよ…」
サーキスはパディの頬を触ってみたが、やはり体温がない。脈も当然なかった。遺体は何人と触ってきた彼だった。こういう時に不本意にも経験が役に立った。
サーキスはパディの死体を抱え上げると平地に置いて丁寧に仰向けに寝かせた。舌を口に収めて、眼鏡を取って瞳を閉じさせた。現場を荒らすような行為だったが、僧侶らしい彼の行動だった。
パディの体の表面を見ていて不思議になった。外傷がない。気になってうつ伏せにして背中側も見てみたが刺され傷など一切ない。
「これはまさか、同業の仕業じゃ…」
死因を調べようと
「やっぱり…。
心臓だけが破裂している。パディ医師から習った心臓の外枠は筋肉ということだが、それはちぎられたようにバラバラになり、そこの部分に残骸のような血液だけが残っていた。
僧侶のレベル五の呪文に
「でも、人間に使う呪文じゃないぜ…」
サーキスは震えが止まらなかった。きっとカスケード寺院の差し金だ。寺院の商売に目障りな医者を抹殺したのだ。
そこへリリカが
「おー! 本当だ! 死体は久しぶりに見る! 最近、スレーゼンの治安は良くなったからな。死因は何だ…」
「おはようございます。俺、ライス病院の僧侶なんですけど、先生の中身を透視しました」
「あ! 聞いたことがある! ライス病院って不思議な手術なんかするんだってな! 腹の中を魔法で視るって聞いたぞ」
「それで先生は心臓だけが壊されてます。僧侶の呪文です。犯人はたぶん僧侶です」
「うん、なるほど。じゃあ、本当かどうか死体解剖するけどいいか?」
*
「いやあ! たっぷり寝た気分ですっごく調子がいいよ! 快調快調!」
生き返ったパディは元気はつらつだった。
「パディちゃん、マジで言っているのか?」
カスケード寺院から出て来たパディ、サーキス、リリカ、フォードの四人が並んで歩いた。
「本気ですよ! みんな神妙な顔をしていて何だか笑いが込み上げてくる! はははは!」
結局、被害届は出さなかった。死体の解剖もむやみにパディを傷付けるだけだったので満場一致で却下された。明日は患者の手術もあったのですぐにパディに生き返って欲しかった。
「夜中に散歩していたら、猫の鳴き声がしたんですよ。猫どこかなあって探してたら、あの場所まで行ってしまってて。今更だけと、よくよく考えたら声がおかしかったんですよね! あれは人間が猫の鳴き真似してた! あっはっは! ブービートラップでしたよ! 次は気を付けます!」
「気を付けるったって…」
「えっと、蘇生っていくらだったんですか? 僕に使われたの
三人は驚いた。
(殺されたことより金の心配してる!)
「八千ゴールドだ。ワシが立て替えた。ツケておくぞ! 必ず返せよ!」
「うわあ…、家賃より高い…。急に気分が悪くなってきた…。ぐふう…」
*
さらに事件は続いた。翌日の八時頃、リリカが騒ぎ出した。
「先生、サーキスが病院に来てません!」
「ええ⁉ いつも早い時間で仕事に来るのに!」
「やっぱり昨日のことが…」
「同じ僧侶が殺人をするなんてよほどショックだったんだろうね…。殺された僕はあまり気にしてないんだけどね…。こほこほっ…」
「今日はアルコスさんの手術があるのに! ちょっとあいつの宿屋に行って来ます!」
リリカは看護師の帽子を頭に乗せたまま、外へと駆け出した。
「サーキス…」
パディはため息をついた。
しばらくして息を切らしたリリカが額に汗を流して帰って来た。
「はあ…はあ…、サーキスは昨日の晩にチェックアウトしてました…。荷物も全部持って行ったそうです…」
「そう…」
「え⁉ それだけですか⁉ あいつは他の僧侶とは違うと思っていたのに! このままじゃ病院が…。先生が…」
「大丈夫。たぶん、戻って来るよ。僕は信じている。彼の勇気を信じたい。二人でこの人ならって思っただろ?」
「そうですが…」
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