第13話 ファナのばあちゃん フィリア・リアム・ブラウン(1)

 その日の仕事、手術も三時ごろ終わり、サーキスが手術台の後片付けをしているとリリカが声をかけた。

「今日は夕方、ファナの家に遊びに行くわよ! あんたも来なさい!」

「ああー、おう。いいね…」


 笑いながらリリカがサーキスの背中を思い切り叩いた。

「あんた、本当は嬉しいんでしょ! ちょっと素直になりなさいよ!」

「俺、何か用意して行った方がいいかな?」

「あたしが用意する! とりあえず夕方にここに居て!」

「はーい」


     *


「こんにちはー!」

 リリカとサーキスがファナの家へ訪れると老婆の声がした。

「あらあらリリカちゃん、サーキス。いらっしゃい。リリカちゃんは何だか久しぶりね。さあ上がって」


 ファナの祖母フィリアが玄関で二人を迎えた。フィリアはふっさりとした白髪が印象的。目尻が垂れて優しい顔のおばあちゃんだ。


「おばあちゃん、元気ですか?」

「元気だよーリリカちゃん! ありがとう」

「でも、たまにはパディ先生に診てもらった方がいいですよ」

「そうしようかねえ」


 玄関を抜けて二人がフィリアの後を付いて行く。廊下を渡り、広いリビングへ通された。大きな陽当たりの良いガラスの窓には青いカーテン、中央にはテーブルに一人掛けのソファーが四つも並んでいた。床には赤い模様の絨毯があり、優雅さがにじみ出ていた。家具はそれぞれ高級品ではあるが、どことなく古く見える。部屋を見たサーキスが言った。


「ばあちゃん家って金持ちだよね」

「まあ、昔はそうだったけどねー。今は無駄に家が広いから一人ぐらい家族が増えても大丈夫だよ。あたしゃ、今独身だから結婚できるよ。僧侶の旦那でもいたら便利だね。草刈り釜で手を切っても回復してくれるよね。『大丈夫かいハニー?』みたいな! 言われたいねー! 放浪中だけど病院で厄介になってる金髪の僧侶とかどっかにいないかねー⁉」


「おばあちゃん、あたし知ってますよ!」

「どこにいるんだいリリカちゃん⁉」

 そこへファナがやって来た。両手にはトレイ、コーヒーが人数分乗っている。

「こらこら、二人ともサーキスが困ってるよー。私に急にじいちゃんができたりしたら周りに何て言えばいいんだよ、全くー」


「こんにちは、ファナ」

「やっほーファナ」

「こんにちはサーキス、リリカ。お茶しよう!」

 四人がテーブルを囲んでリリカが持参したパウンドケーキを食べる。食パンのように横に長い焼き菓子だ。味はプレーン味とチョコレート。スライスされたものを皆が上品に味わう。


「スイーツ店のゴールドクレストさんの所で買って来たの! おいしいわよね!」

「おいしいねえ」

 サーキスは難しい顔でパウンドケーキを口にする。

「確かにうまい…」

「何だい? 含みのある言い方だねえ」


「昔、俺もパウンドケーキ作りを手伝ってて。師匠の奥さんが作ってたんだけど、感動するほどうまかった。最終的には師匠の息子監修で兄弟弟子が集まってケーキを作って、寺院から売ってたよ。めちゃくちゃ売れたね…。焼き菓子って何か気持ちの成分でも入ってるのかな? お店のケーキはうまいけど、家で作ったのはまた違う味なんだよね…」


 ファナが歓声を上げる。

「サーキスってケーキが作れるんだ! すごーい! 私にも作ってよ!」

「お、俺には無理だよ! 粉を計ったり、混ぜたりとか言われたことしかできない! そもそもレシピがない。師匠の息子がいないと無理だよ!」

「ちぇー。がっかりー」

 リリカがいちいち解説した。


「ファナにがっかりされたわよ。サーキス、あんたもっとケーキのことを勉強しておくべきだったわね。マイナス一ポイント」

(ががーん)

「猛烈に反省しなさい。あたし、トランプ持って来たから後でトランプで遊びましょう!」


     *


 おやつも終わると四人はトランプゲームの大富豪を始めた。一応、大富豪というゲームを説明しておくと四人に均等にカードを配り、順に強いカードを場に置いていく。先に手持ちのカードがなくなった人間が勝利、大富豪となる。二位から順に、富豪、貧民、大貧民と格付けされる。


 フィリアがカードを切って自分を含めた四人にトランプを配る。そして本日はなぜだかサーキスが強かった。

「よし、八切り! からの革命! さらに四を三枚! 上がりだぜ! 俺また大富豪!」


 今日のサーキスは絶好調だった。ほぼ全てのゲームで勝利を納める。負けず嫌いのリリカは歯ぎしりをして悔しがった。

「つ、強い! サーキス、あんた大富豪、強すぎよ! どうしてるの⁉」

「へっへっへーっ。俺はどうやら自分で知らない才能があったようだぜ! 大富豪マスターとは俺のことだぜ!」


 ファナがここで口を押さえて笑いをこらえていたのだが、リリカとサーキスはそれに気付かなかった。

「むむーっ。あたしも本気になろうかね」

 フィリアが言った。


「次のゲームで賭けをするってのはどうだい? 大貧民になった人は大富豪の言うことを何でも聞くっていうのはどうかね?」

「いいよ、やろうやろう!」

 ファナが賭けに乗る。


「俺はいいけどばあちゃん、それは無謀ってやつじゃない? 俺の得意なゲームで挑もうなんて!」

 フィリアはリリカの返事を待たずしてゲームを開始した。フィリアがトランプを切りながら言った。


「サーキスが勝ってうちの孫が負けたらデートができるかもよ!」

 ファナが笑う。

「うふふー」

「リリカちゃんが負けたら、サーキスがいいことできるかも!」

「最悪」


 ゲームはあっさり終わり、結果、サーキスは敗北した。大富豪はフィリア、あとは順にリリカ、ファナ、そして大貧民のサーキス。

「負けた! 今回はカードが全く良くなかったぜ…」

(それとも俺の邪念が多かったか…)


 サーキスがぼやいているとフィリアが紙に何かを書き出した。

「ばあちゃん、何をしてるの?」

「畑仕事無料お手伝い券を作ってるんだよ! 約束通り、サーキスの罰ゲームだよ! 十枚ほど作っておくよ! 今日はいい日だねえ!」


 ファナが急に爆笑を始めた。

「はっはっはっはー! ひっひー! おかしい! ばあちゃんに勝てるわけないじゃん! ばあちゃん、イカサマしてるんだもん! ばあちゃんは手品師なんだよ! カードを配らせた時点で負け確定だよ!」


「こらファナ! あんなに言ったら駄目って言っただろ⁉ 全く口の軽い子だねえ! このーっ!」

「え、え、え? マジか? リリカは知ってた?」

「あたしも知らなかった!」


 笑いが落ち着くとファナが説明を始めた。

「ばあちゃんは思った通りにカードを切れるんだよ! それで最初にサーキスをわざと大勝ちさせてたんだよ」

「えーっ⁉ 最後は俺が大貧民でばあちゃんが大富豪だったぜ」


「それをコントロールしてたんだよ。私はわからないけど、あと他にもゲーム中にイカサマを色々やってる」

 サーキスがトランプに手を伸ばすとファナがさらに説明した。

「今さら見ても無駄だよ。トランプはリセット、ばあちゃんはイカサマした痕跡を消してるよ!」


「すげー…」

 フィリアが勝利者の顔で言った。

「ふっふっふっふ。イカサマはバレなければイカサマじゃない。名言だよね。敵が手品師と知らずに挑んだサーキスの敗北だね。これが荒野の戦いならあんた死んでるよ。…んーっ、でもね、ファナ! あんた、本当によくもバラしてくれたね!」


「ばあちゃんがズルするからだよ。しなきゃ黙ってたのに」

「せっかく畑仕事無料券を半分あんたにやろうと思ってたけど、もうあげない」

「待って、ばあちゃん! ごめーん!」

 フィリアが無料券なるものをハサミで切っていると、サーキスが今度は目を輝かせて言った。


「ばあちゃん、普通に手品を観せてよ!」

「やだ。もう手品は誰にも観せないって心に誓ってるんだ。あと弟子も取らない。弟子を取ってもあたしにメリットがないからねえ。手品を覚えるのに何年かかったと思ってるんだい。それを何の苦労もなく一朝一夕で覚えようなんてね。しかもあんたの場合、孫に近づく口実にもなるしね! 一応、明日からタダ券を使わせてもらうよ」


「うぐぐ…。でも、まあ罰ゲームとしてはましな方だぜ…。ばあちゃんが俺と婚姻届を書いて出せとか言われたらどうしようかと思った」

「ちきしょうだね! その手があったか! うっかりしてたよ!」

 一同は大笑いした。


     *


 翌日、病院では二人ほど外来患者が訪れた。仕事は忙しくなかったが、空いた時間にサーキスはリリカの体を使って内臓の勉強をさせてもらった。名称や機能など覚えることが非常に多い。サーキスは今度は心臓を細かく教えて欲しいと言うと、パディとリリカは嬉しそうにした。


 お昼を過ぎた頃、サーキスはパディにちょっとしたお願いごとをした。

「あのね、先生。ファナの家で今度レタスを植えるんで一部だけ畑を整地するんだって。俺今から行って来ていいかな?」

「ああ、いいよ」


「ありがとう。じゃあ、俺が必要になったら畑まで呼びに来てよ」

「了解したよ」

 サーキスの後ろ姿を見ながらパディは思った。


(このままサーキスとファナ君の仲が進展するといいな。しかし、この病院の命運がよその女の子任せというのが何とも僕は情けない。ファナ君からサーキスなんか大嫌いなどと言われた日にはこの病院は終わりだ。自分のカリスマの低さには辟易する。…フフ。でも、二人がどうなってるかは気になる。後で見に行こう)

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