第6話 痔の戦士(1)

 サーキスが呪文を唱え、傷口が癒えると彼はサンダルを履いて立ち上がった。そしてトレイの上の抜き取られた腫瘍を見た。皮も中身もぐちゃぐちゃになっているそれは紛れもなく残骸と言うしかなかった。


「うっわ、汚いなあ! これってもっとウインナーみたいににゅるって出て来ると思ってたぜ! あ、先生ありがとう! 本当に治療代いいの?」

「あー。約束だし。君がしてくれたことの方が大きいよ。あ、忘れてた。麻痺スタンの呪文って一定時間で効果が切れるんだった。君を眠らせずに手術って無理じゃなかったね。ははは…」


「あ! 俺もうっかりしてた! でも、やっぱり眠らせてもらった方がよかったよ!」

「あっはっは! 結局、僕もそんな大それたことできなかったしね! …ところで…」

 パディは意を決して言った。


「サーキス、このままうちで働かない?」

「うわー、やっぱり言われちまったかー。俺は今現在、生き別れた師匠を探す旅をしてるんだ…」

 パディとリリカの顔は暗くなった。


「師匠ってどうしても探さないといけないのかい?」

「そ、それを訊くかなあ…」

(もしかして迷ってる? チャンスか?)

「どーん! ズバリ、君は医療に興味が湧いたね!」

「な、何でそれを…」

(心臓綺麗なんて言ったら誰でもわかるわよ)


「君はしばらくここで人体の勉強をしなさい。人の体を知ればまた旅立っても役に立つしね!」

(もうどこにも行かせるつもりはないけどね!)

「ところで君はどれくらい旅をしてるの?」

「もう三年ちょっとになるな…」


「えー⁉ 何でそんなになるのよ⁉ 僧侶なら人を探すの簡単じゃない!」

 僧侶は知人などを捜索する呪文を持っている。

「えーっと、何でだろーっ?」

「それからどこから来たの?」

「あれあれー? あんまり各国旅してたから、俺どこから来たかわかんなくなったぜ…」


 二人はサーキスから離れてこそこそ話を始めた。

「リリカ君、何か彼は事情が多いね…。それに迷ってるっぽいよ?」

「そうですね! チャンスですね! 何としてもがんじがらめにしてこの街大好きにしてあげましょう! そしてあいつの秘密を知ることが、きっとここに留めるきっかけになるはずです!」


(あの、聞こえてるんですけど…)

 二人はサーキスへ向き直って言った。

「まあ、とりあえずよろしく頼むよ」


「そうよ! スレーゼンはいい所よ! あ、スレーゼンはここの土地の名前ね。スレーゼン市。治安はいいし、お金持ちは多いし、おいしくて珍しい食べ物もいっぱいよ!」

「ところで君は今まで一人で旅をしてたの? 街の外のモンスターは強いらしいじゃないか」


「いや寺院を出てからはカイルって僧侶とずっと二人で行動してた。モンスターが現れたら俺がメイスで殴って、その間にカイルの奴が補助とか回復呪文をかけてくれていた。カイルは南のブルガリアで旅をリタイアしたよ。ブルガリアで橋の崩落事故があってそのままそいつは橋職人になった。職人の中に一人、僧侶がいたら助かるだろうって。でも、カイルはたぶんブルガリアで女ができたから…」


「素晴らしい! 当初の目的を捨ててついの棲家を見つけて、その土地の人間になろうなんて!」

「本当! 何て思いやりの溢れた素敵な人なの、カイルさん! きっと今、幸せに暮らしていることでしょう!」

(こいつら自分達の都合のいい受け取り方しやがって…)


 パディ達は両手に握りこぶしを作ってサーキスを睨みつけた。

(ずっとこの病院で働けーっ)

(あんたの秘密は解き明かしてみせるわ!)

(この人達、もう逃がさないって感じだぜ…。怖いよー)


「じゃあ、次の患者さんを迎えに行こうか。二階で寝てるよ」

「ええー⁉ もう一人居たの⁉ あんなにフォードさんがうるさかったのに⁉ 物音ひとつしなかったよ!」

「我慢強い患者さんなのよ」


 二人が階段を上がり、サーキスが後を追う。二階には病室が三つあり、フォードが居た部屋の二つ隣に居るらしい。

「ドレイクさーん! 入りますよー!」

 返事がなかった。パディが扉を開けた。


「クェーッ」

 小さな恐竜のような生物が待ち構えていて低く鳴いた。

「うわーーっ⁉ ドラゴン⁉」

「こほんっ。あ、言ってなかった。彼はドラゴンのオルバンだよ。ごめんね、オルバン。ハゲのおじさんがうるさかったねえ。君はおとなしくていい子だ。よしよし」


 パディがドラゴンの頭をなでるとオルバンは気持ちよさそうに目を細めた。座り込んだドラゴンの背の高さは一メートルほど。立ち上がって翼を広げたらさらに大きく見えるだろう。それからパディは奥のベッドで寝ている男に声をかけた。

「ドレイクさん、僧侶が見つかりました。治療ができます。起きてください」


「う、ううぅ…。そうか…。ありがたい…」

 ドレイクと呼ばれた男は一旦ベッドに座って立ち上がろうとしたが、そこで絶叫を上げた。

「うわーーっ! い、痛い!」

「サーキス、ドレイクさんが立ち上がるのに手を貸して上げて」


「お、おう! 立つのも苦痛なぐらい難病なのか⁉」

「彼はなんだ。いぼ。いぼ痔の症状は四段階あるけど、ドレイクさんは一番悪い四度。切るしかないんだ」

「す…すまない、初め…まして。私はドレイク。職業はド、ドラゴンの戦士…。二十五歳だ…」


「俺は僧侶のサーキス! ドラゴンの戦士すごいぜ! かっこいい!」

 サーキスがドレイクに肩を貸して歩き出す。身長が高く、体格が抜群に良い彼の体を支えるのはサーキスにも少し骨が折れる仕事だった。


「そ、それから、彼…、そこに居るドラゴンはワイバーンの亜種のプティバーン。名前はオルバン。ま、まだ小さいが人を二人乗せて飛べる…。も、もう少しで成人ならぬ成竜に成るが、ある日を境に数倍の大きさになる…」


 短い黒髪のドレイクはよほど苦しいのか顔は苦悶に満ちている。サーキスは彼を落とさないように気を付けながら、廊下を渡り、階段を降りる。

「わ、私の痔の原因は…、オルバンの乗り過ぎだ…。尻が痛かったが、た、旅する私はオルバンに乗り続けるしかなかった…。こ、肛門が今にも爆発しそうだ…。あ、歩いているだけで…、崩壊寸前だ…」


(子供の時に空飛ぶドラゴンの戦士かっこいいって思っていたけど、そんな事情があったなんて最悪だぜ! 今、俺の中でなりたくない職業ナンバーワンになったぜ!)

「オ、オルバンと私は一心同体…。絆は強いのだ…。な、何百メートル離れていても、か、彼の聴力は私の声を拾ってくれる…。し、使命を果たすための大切な仲間なんだ…。私は、肛門がどうなろうと…彼に乗り続ける…」


 質実剛健。飾り気がなく、真面目そうで鍛え上げられた肉体。しかし、痔という症状で背を曲げた彼は小さく弱々しく見えた。そして一同は手術室へと入って行く。

「さて手術室に着いたぜ! ベッドに寝てくれ! …ってどういう態勢にするの?」

 パディが言った。


「横向きだね。エビのように丸くなって欲しい」

 ドレイクはサーキスの手を借りながらパディの言う通りに横になった。

「ドレイクさーん! これから手術を始めますよー。眠ってもらいまーす。リリカ君、ドレイクさんを呪文で眠らせてー」


 手術が始まって彼の肛門を見たサーキスは、「イチゴだ! イチゴがある!」と騒いでいたが、今回も滞りなく手術は終わった。

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