ブルースを歌って

阿紋

 フィービー・スノウの「サンフランシスコベイ・ブルース」が流れていた。

 二階にある下宿の窓から涼しい風入ってくる。大家のおじさんは少しぐらい大きくレコードをかけていても怒らない。

「ミキちゃん来てたのかい」大家の息子さんの春樹さんが部屋をのぞいて声をかけてくる。

「おじゃましています」ミキが答える。

「ゆっくりしていきなよ」

 春樹さんはうちわで胸元を扇ぎながら奥の部屋に入っていく。春樹さんはいま就職をして会社の寮にいるけれど、頻繁に実家のこの家に戻ってくる。

 春樹さんも音楽好きでバンドを組んでいた。

「ハルさんがあたしにヴォーカルやらないかって」

「歌えるの」

「歌は好きだよ」

「バンドで歌える人がいないんだって」

「どんなバンドやってるのかな」

「よく知らないけど、フォークじゃなくてロックだって」

「激しいやつかい」

「そんなでもないんじゃない。これだってロックでしょ」

「ロックなら英語で歌うんじゃない」

「大丈夫」

「英語はやだなあ」そう言ってミキはレコードの歌詞カードを手に取って見ている。

「楽器とかはやらないの」

「ギターは少し弾けるけど」

「それじゃ今度何か弾いてよ。あたが歌うから」

 そういってもなあ。ギターがないんだ、今この部屋には。

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