【番外編置き場】宵闇に灯火の唄を
野木千里
金糸雀の籠
僕が彼女を連れ帰ってからしばらく、王宮は大騒ぎだった。彼女の部屋は特別でないといけない大人たちが言うので、そういう風に作らせた。沢山の美しい木組みの枠を使った部屋に、女の子が使うための綺麗な飾りの寝台や絨毯、座布団が運び込まれる。父上は僕が女の子を連れて帰ったのを知ると「金糸雀か?」と難しい顔で聞いてきた。
「この子、暗くて臭い部屋にいて領主補佐にいじめられてるみたいだったから、連れて帰ってきたんだ。ちゃんと大事にするよ。怖いことなんて絶対しない。いいでしょう父上」
「……何が怖いかなんて、その子が決めるんだ。分かるか?」
父上が僕の後ろについて離れないソラを見て言う。ソラは大人の男の人が怖くていつも僕の側を離れないでいる。それがちょっとだけ嫌で離れて、と言うと泣きそうな顔をするものだから、僕はずっと彼女の手を引いて歩いていた。どうも彼女は年末頃に生まれたみたいで、同い年だと言うのに僕より随分小さくて子供だ。だから余計に守ってあげないといけないなと思うのだろう。
「ユルクが怖くないと思っても、その子が怖いと思うかもしれない。花を愛でるより大切にしないといけない。そうでないとこの子はすぐだめになる」
父上が悲しそうな目でソラを見ている。きっとソラがされた悲しいことを聞いたのだと思う。
「サグエル領主補佐が、この子の体に香油を塗ってあげてるみたいだった。ソラは嫌みたいだけど必要なことだよね。そういうときはどうしたらいいの?」
僕が父上に問うと、父上は少し怒ったみたいだった。それでも怒らずに怖がらせずにいようと思ってくれているみたいで、窓から外を見ている。彼女の部屋を第一後宮の裏庭が見えるところにしてあげて欲しいと言ったのは僕だ。好きなときに後宮も歩けないんじゃ可愛そうだから、せめて景色がいいところに住まわせてあげたかった。
「この子の肌に触れるようなことは、女官に任せなさい。いつか時が来てお前がそうしたいというのなら、俺は止めない。全てお前の責任でやりなさい。いいね」
「分かりました、父上」
父上は僕を大きな手で撫で付けて、第二後宮へ向かうようだった。ここのところ僕の弟や妹が出来て第二後宮は随分賑やからしい。今まで僕は一人で第一後宮に住んでいたから、住民が増えると思うと嬉しくてたまらない。
「じゃあここが君の部屋だからね。僕もちゃんと遊びに来るからね。そうだ、講義が終わったら一緒にお茶にしようね、ソラ」
「はい、でんか。ソラうれしいです」
ソラはにこにこと笑って、座布団に座った。領主補佐に言われたみたいに、少しだけだらしなく。なんだかそれが見てはいけないものみたいで、僕が部屋から出た時。ととと、と小さな足音がして窓からひょっこり丸い目が見えた。
「たのしみだね」
女官にお尻でも叩かれたのだろうか。扉の向こうから短い悲鳴と女官のお叱りの声が聞こえた。
僕はのぞき窓からソラの様子を覗き込むと、お叱りは短く済んだらしい。女官はもう別の仕事に戻っている。ソラはしょんぼりとして女官を見ていた。
「ソラ、僕も楽しみにしているよ」
それだけ言って僕は部屋を後にする。やっぱり何回か気になって部屋の方を見ると、ソラの丸くて黄色い目が、じっと僕を見送ってくれていた。
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