ブレイクダウンA

「ブレイクダウンA」その1

 釣り上がった眉とポニーテールが印象的な少女の顔。彼女の瞳は虚であった。


 しかし、これは少女だけの問題ではないだろう。レンズを向けられると、人はどこを見て良いか分からず、眼を黒くしてしまいがちである。


 学生証に写ったBの写真と、目の前にいる彼女を見比べて、Aはふむと唸った。名前や学校、顔写真や学籍番号が書かれた学生証は、彼女の所有物で間違いないようである。


「それじゃあ、もう一度たずねよう」


 Aはそう言って間をおいた。

 ここはドトールコーヒー新宿南口店。たくさんの車が行き交う国道二十号線と一線を引いた店内は、シックな木目調のデザインで、都会人に安らぎを与えてくれる。

 二人はそんな店内の奥の席にいた。すぐ近くの窓からは裏通りが見える。こちらは自動車はおろか、人影もまばらである。


「君の名前は?」


 店内では午前十一時を彷彿とさせる、アップテンポの洋楽が流れていた。いま流れているのは、七十年代のポップスだろうか。まるで兄妹のような男女のハーモニーに心揺られながら、Aは目の前に座る少女の回答を待った。


「……Bです」


 少女はふてくされた顔で質問に答えた。


「ほらやっぱり……」

「だから、違うっていってるでしょ。そういう意味で名前がないわけじゃないの!」


 Aの言葉を遮って、Bは眼を鋭くした。ただでさえ釣り上がった眉が余計キツくなる。荒げた声は店内に響き渡って、優雅な時間を過ごしていた客たちを驚かせた。急に集まった視線にBは口をつぐむ。Aは隅の席にして正解だったと思った。


「名前がない、というよりは変えられたんです。このBという名前が自分の名前じゃないような気がして、その原因を調べて欲しいんです。もう、なんで分からないのかなぁ……」


 最後の一言にAは眉をひくつかせた。どうやら、彼女は自分の意図が伝わらないのは、Aの責任だと言いたいらしい。先ほどまでは自分の状況をうまく言葉にできなかったくせに、よくそんな的外れなことが言えるな。Aはそう思った。


 しかし、それもAとの三度の同じ問答によって固まりつつある。どうやら、彼女がいま名乗っている「B」は本当の名前ではなく、誰かによって変えられた名前らしい。Bはその原因を突き止めて、元の名前を返してほしいというのだ。


 ただA自体、彼女の名前にさほど違和感を覚えなかった。「B」なんて、何より自分だって「A」というアルファベット一文字を名前として使っている。それに対して特に。その違和感の原因を突き止められたら、Aの考えるシナリオも具体性を増してくるのだが。


「そんなことを言ってもね。警察官にできるのは君の戸籍を調べて、氏名が改ざんされた形跡があるかどうかくらいだ。君自身が名前を変えられたと思うのであれば、それを相談するべきは警察ここではなく、精神科や心療内科だぞ」


 そう言うと、少女は思いがけない一言をつぶやいた。どうやら、彼女はAの予想する斜め上の言動をするらしい。



「——だってあなた、超能力者じゃない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る