第36話
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焦った表情でトオルはキヨラの背中を見つめる。「キヨラちゃん……」「……大丈夫よ」キヨラの言葉にトオルはほっと息を吐く。ゆっくりと立ち上がる小さな背を見つめる。トオルは知っていた。——キヨラには、譲れない夢がある事を。夢にひたむきに向かっていく、キヨラの後ろ姿を、トオルは今まで一番近くで見ていたのだ。「……そうね。私はもしかしたら家のお陰で、チヤホヤされているのかもしれない」「そうだ。お前の存在に価値などない」ごろうは嗤う。心底愉快そうに肩を揺らして、まるでご機嫌だ。——けれど、トオルにはもう不安はなかった。『絶対に芸能人になって、雑誌看板モデルになるんだ!』そう言って笑っていた彼女は、それを叶える為に昔から常にダイエットや必要な筋肉作りを始め、読者に愛される為の話術・知識をつけようとしていた。雑誌モデルになる為に両親を説得している最中で、その間も自分で必要とされる事などを調べ、実践している。努力家である彼女だからこそ、信じられる。トオルは胸元に当てた手を握り締めた。
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「でも、私がしてきた努力は私のものよ!」「なにを、っ!」「私は私! 誰にも否定なんてさせないわ!」キヨラの言葉が、構えたドライヤーガンの威力を上げていく。ガンが歪に唸るが、キヨラが気にする気配はなかった。「消えなさい、妄執!」狙いを定め、引き金を引く。
『殺人マシン ごろう』の出した黒いモヤは一瞬にして吹き飛び、男は悔しげに顔を歪めた。予想外だったのだろう、僅かに焦りが見えてくる。ざまぁみろ、なんて。内心で呟いた瞬間、トオルはごろうと視線が合った。ギラリと光る視線に、トオルは背中が凍える気持ちになる。——標的を自分に変えたのだと理解するには、十分だった。トオルはキヨラとは違う一般人。きっとすぐに墜ちてしまうだろう。……自分には、それだけの胆力があるはずがないのだから。
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