第2話 さあ、RTA《リアルタイムアタック》を開始致しましょう
突然ではございますが、皆様、「
RTAというのは和製英語で、海外ではスピードランとも呼ばれておりますが、要するに「いかに速くゲームをクリアできるか」を競う競技でございます。
その中でも、わたくしが挑んでおりますのは、「イェーリオ様ルート
バグだらけの『王妃(仮)』を逆手にとり、バグ技を駆使してエンディングを召喚するのです。
ほとんどの人は怒り、一部の者は呆れて笑ったバグの山。
しかし、そんなバグをありがたがる人々も存在します。
そのひと握りの者とは、RTA走者と呼ばれる危篤な、もとい、奇特な人々でございます。
クソ運営が想定していない、バグを利用しての最速クリア。それを目指してしのぎを削るRTA走者と呼ばれる、選ばれし暇人、もとい変人、もとい歪んだ性癖の持ち主……ダメですわ、どう言い換えてもポジティブな表現が見つかりません…………。
ともあれ、わたくしを含め、そのような方々は百分の一秒を縮めようと、日夜必死に戦っているのです。
その生き様はアスリートに通じるストイックなものですが、一部の愛好家以外からはまったく評価されません。
それでもわたくしたちは走り続ける――そのゲームを、キャラを愛しているからでございますっ!
なぜ、わたくしがRTAを始めることになったのか、その理由は後で述べさせていただきますが、この競技でわたくしは
世界最速でイェーリオ様と結ばれる女なのでございます!
イェーリオ様への愛情を示すため、わたくしはすべてを捧げました。
その結果、わたくしこそが世界で一番イェーリオ様を愛しているのだと証明できたのです。
これこそ――至高の愛情。
決して報われることのない、見返りを求めない愛情。
これより美しい愛情があるでしょうか。
はい。絶対にありますね。
お子様に注がれる親御さまの無償の愛情と比べたら、失礼過ぎますわね。
ともあれ、わたくしが現実に意識を戻しますと、「目だけイケメン」と化したダメ王子が延々とわたくしを非難する言葉を続けております。
何百回、何千回と聞いたダメ王子のセリフ。いや、ほとんど聞き流していたのですが、やり込みすぎたせいで、一言一句覚えております。
ゲームだと初回以降はスキップできるのですが、RTAでは初期データで始める規則ですので、走るたびに毎回このセリフを聞かなければならないのです。本当に鬱陶しいことでございます。
――さて、ようやくダメ王子の長いお話もひと段落。
ビッチが「この女が悪いのよっ!」とわたくしに人差し指を突きつける場面でございます。
ビッチのお顔は醜く歪んでおります。
イラストレーター様の本気が伺えます。
胴体が消失しておりますので、滑稽極まりない姿でございますが。
このビッチはプレイヤーのヘイトを一身に集めるべく作られたキャラなのですが、このゲームで一番ヘイトを集めているのは彼女ではありません。
その場を奪ったのは――運営でございます。
いえ、「クソ運営」と呼ぶべきでしょうか。
貴族令嬢にあるまじき、はしたない物言いですが、お許しください。
彼らはクソ運営以外の何者でもないのでございますから。
人様を舐めた謝罪文。
バグ修正のためのパッチがさらに新しいバグを生み出す修正。
バグを「仕様です」と堂々と言い張る開き直り。
挙句の果てには、SNSで「文句を言うならやるな」と自演したのがバレて大炎上。
全プレイヤーのヘイトはクソ運営がかっさらってしまったのです。
ともあれ、すっかり霞んでしまったビッチの出番が終わり、この後は五人の攻略キャラたちが順番に話し始める時間です
トップバッターは麗しのイェーリオ様でございます。
ああ、イェーリオ様のお声はこの世界でも麗しい。
ぜひ、耳元で愛を囁いていただきたい。
このままずっとイェーリオ様のご尊顔を眺めていたい誘惑にかられますが、RTA走者としての血が騒ぐのもまた事実でございます。
わたくしの力がこの世界でも通用するのかどうか、試してみたいのです。
先ほどの
最速クリアに必要な手順のひとつなのです。
バグを生じさせることによって、次なるバグを生み出す高等テクニックなのでございます。
簡単そうに思えたかもしれませんが、結構難易度が高いのでございます。
適当に
数フレーム単位で適切に視線を動かさなねばならないのです。
わたくしも慣れるまでは大変苦労いたしましたが、今なら100発99中くらいの精度でございます。
ゲームと現実という違いがありますので、失敗しないかとハラハラしていましたが、ちゃんと身体が覚えていたようです。
成功してホッと致しました。
ちなみに、これは自慢なのですが、
この技の発見でクリアタイムが10分以上短縮可能になり、世界記録を達成できたのです。
わたくしの人生一番の功績と言えるでしょう。
ともあれ
これで、コマンド入力が可能になりました。
本来なにもできないシーンで動作ができるようになったのです。
とはいえ、半径1メートル以内しか移動できないのですが、RTA走者にとってはそれで十分でございます。
わたくしは左腕を少し後ろに引く――はい、ここ。しっかりと身体が覚えていますね。
それから、前に向かって腕をまっすぐに伸ばします。
そして腕が伸び切った状態から後ろに引き、モーション開始から2フレーム以内(約0.03秒以内)で再度、腕を前に伸ばします。
そうするとどうなるのでしょうか?
それは――腕が伸びるのです!
某格闘ゲームの
いわゆる座標バグというやつですね。
ビックリしましたか?
これくらいでビックリしてたら、『王妃(仮)』はプレイできませんよ。
もちろん、わたくしにとってはこれこそが『王妃(仮)』。
気にすることなく、同じ動作を繰り返していきます。
どんどんと伸びる腕、まっすぐと伸びた先にはダメ王子の身体があります。
しかし、わたくしの腕はダメ王子のお腹をすり抜けます。
と、言葉でいうのは簡単ですが、実行するのはとんでもなく難しいのです。
2フレーム技を連続で30回成功させないといけないのです。
それに、スタート時の位置調整も大事です。間違うと、指先が王子の内蔵に重なってしまいます。
そうすると、体内に武器――この場合は拳――があると判定され、ダメ王子は死んでしまいます。
死ぬはずのないオープニングシーンでダメ王子が死んでしまうと、もちろん、そこでフリーズ致します。
これを回避するために、わたくしは最初に腕を少し後ろに引いたのでございます。
ともあれ、わたくしの腕はダメ王子の身体をすり抜けて、どんどんと伸びていきます。
標的は王妃の左手薬指――そこに自分の左手薬指をぴったりと重ねます。
そこで
ついでに王妃の左手が消失してますが、この程度は『王妃(仮)』ではバグのうちに入りません。
これでひとつ目のフラグ――『精霊の指輪』ゲット成功でございます!
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
欲しい物はすべて手に入れてみせますわ。
わたくしは貴族令嬢ですもの。
次回――『足フェチ錬成でございます』
◇◆◇◆◇◆◇
【補足説明】
フレームとはゲーム内での時間の最小単位です。
作中に登場するゲーム『王妃(仮)』は1秒60フレームなので、1フレーム=1/60秒、約0.016秒です。
2フレーム技というのは約0.03秒間しか猶予がないタイミングでコマンド入力をしなければならないテクニックです。
それを30回連続で成功するには、人生かけるくらいの愛情がなければ不可能でしょう。
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