霊獣後宮物語

及川 桜

【序】拉致される花嫁

皇帝からの求婚に抗える者などいない。


 しかも、舜殷国(しゅんいんこく)皇帝である劉赫(りゅうかく)は、誰もが見惚れるほど見目麗しく、武術にも長けている。年頃の女であれば、自身の上に突然降りかかってきた幸運に、涙を流して喜びそうなものだが、潘(はん) 雪蓉(せつよう)だけは違った。


「死んでもお断りよ!」


 あろうことか、皇帝からの求婚を本人の前でばっさりと切り捨てたのだ。


「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」


 漆黒の駿馬に跨り、雪蓉を見下ろしながら劉赫が目を細めて言った。淡々とした口調だが、明らかに怒っている。


「ええ、十分理解しているわよ。聞こえなかった? もう一回言ってあげる。あんたの妃になんか、死んでもならない! 殺すなら殺しなさいよ、変態下衆野郎!」


 お察しの通り、この雪蓉という女、天女が舞い降りたかのように可憐で美しいが、口が相当悪い。見た目に騙されて求婚し、撃沈した男は数知れず。


 雪蓉の暴言に、武官たちがざわつく。皇帝にこのような口をきいたら、首を即刎ねるのがしきたりだ。だが劉赫は、怒る武官たちを冷静に静め、やけに慣れた様子で雪蓉の暴言を聞き流す。


「お前の言い分は分かった」


 感情の起伏を見せず、平淡な物言いだった。


「分かってくれたみたいで良かったわ」


 案外聞き分けが良かったので、雪蓉はほっと胸をなでおろす。しかし……。


「捕獲しろ」


劉赫の口から出た思わぬ言葉に、雪蓉は目を丸くする。


 動物じゃあるまいし、と言いかけたところで、武官たちが雪蓉を取り囲む。


「待ちなさいよ、こんなの人権侵害よ! 卑怯者! 非道! 鬼畜! 人でなし! それと、ええと……甘えん坊!」


 思い浮かぶあらゆる悪口を並べたて、襲い掛かる武官に囲まれながら叫ぶ。妃になるくらいなら、不敬罪で処罰された方がいい。


「それをいうなら甘党だ」


 眉間に皺を寄せ、心底不服そうに、劉赫が訂正する。他の罵詈雑言はまったく気にしていないようだが、甘えん坊は別らしい。


「私は絶対、妃なんかにならない……から……ねー……」


 雪蓉が叫んだ言葉尻は、武官たちに抑え込まれ、儚く消えていったのだった。

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