旅をする本

雨宮たかこ

第1話 始まりの場所へ

「サトルねえサトル」


僕はこの名前が嫌いだ。なぜってだってカッコ悪い。友達の名前は、もっとカッコいいのに僕の名前は昔の人のようだ。ママになぜ僕にそんな名前をつけたのか聞いてみたが、「平凡が一番なのよ」ってありえない返事。平凡ってなんなんだよ。僕はもっとおしゃれな名前が良かった。具体的にどんな名前って聞かれても分かんないけどさ。「不公平だよ」って僕が言ってもママとナナミは笑うだけ。「ナナミ」は僕の二歳上の姉。おしゃれだよね「ナナミ」ってなのに僕は「サトル。」


そう言うと二人ともまた笑う。別に僕達親子は仲が悪くないという良い方だと思う。パパの顔は知らないけど、親子三人仲良く暮らしてきた。友達に家にパパがいないのは変だと言われて初めてどうやらパパがいる家が多いと教えられた。でも、僕達のようにママと暮らしてる家もあるから別に変じゃないと思う。友達は、変なことに興味をもつし聞きたがる。パパがいないのは教えられた離婚ってやつだと思ってたがどうやら違うらしい。パパは初めからいなかったとナナミに教えてもらった。何でだろって疑問があったがそれは聞かない方がいいと、ナナミに言われた。まあ僕達親子が幸せならそれでいいんだけどね。


ママの仕事は看護師をしていて忙しいけど僕達二人を食べさせていけるくらいお給料は貰えてるらしい。お金の事を心配するとママが困った顔をするから聞かない事にしている。仕事は忙しくてすれ違いが多いし、寂しくないと言ったら嘘になる。でもボクたち達のために働いてくれるママに感謝しかない。まあママのママも、夜勤でママがいないときに泊まりきてくれるし僕達はもう子供じゃないから不満は特にはない。

ママが仕事でいてもいなくても僕は、家ではいつもは本を読んでいる。本の虫ってママには言われてる。もっと外で遊んで来たら、と言われるがそんな事より本が面白い。ママは僕が本を増やすのが嫌なのだと思う。要はスペースの問題だ。だってママは、電子書籍っていう本しか読まないから。なんだってそんな楽しくないのを読むのだろうか、僕には分からない。だって本は、手でさわった感触や表紙の美しさそれらを含めて本なのだと思う。あと匂いも読む本によって違う。それがない本なんて、大人はなんで好きなのか僕には理解出来ないでいる。それが、大人になることなのかなと思う。それなら僕は大人なんてなりたくない。面白くないじゃないか。


僕が大好きな本は、それは世界で一番美しい本。


本屋さんで、あまりの美しさと面白さにママにお願いして10歳の誕生日プレゼントに買ってもらった。主人公も10歳だし、わくわくするストーリー本の中に入れるなんて。なんだか運命を感じてしまった。そう思いつつ赤い美しい表紙をなでる。ボクの一番の宝物だ。地震や火事の時は持って逃げようといつもベッドの頭元においてある。本を読む時間が一番の幸せ。


そんなボクには、最近秘密の場所と楽しみが出来た。通学路から外れちゃうけど建て替え予定のマンションがそのままにされてるのをヨウ君と探検してて見つけたんだ。ヨウ君のママも看護師でボクのママと同じ職場だからヨウ君とは仲良くなった。ヨウ君のパパも看護師でヨウ君の上には二人のお兄ちゃんがいてヨウ君は一番下。お兄ちゃんとヨウ君は8才も離れてるからお兄ちゃんとケンカもしないし可愛がってもらってる。お兄ちゃん高校生で背も高くて野球部でカッコいいんだ。ボクも大きくなったらあんな風になれたらいいなって思ってる。でも、ヨウ君に言わせたらボクは色白だしきっと野球には向いしそれにだいたい野球しないだろって言われてしまった。まあスポーツ得意じゃないしヨウ君は笑ってピアノでも習えって言うんだ。なんか、アニメや漫画で見たって言ってたっけ。ピアノは興味ないからそのうちねってごまかしてる。ヨウ君は大人になったらプロ野球に入ってテレビに出るような有名な選手になるって言ってたっけ。だけどボクはきっと平凡な人生だろうなと思ってる。


だってボクの名前は「サトル」だもの。

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