第21話

こうしてこの屋敷を訪れるのはなん度目だろうか。

最初は来るものすべてを拒むかのように思えた城壁も今は親しみすら感じるほどに。

「ここに来るのも最期か」

覚悟していたことだ、名残惜しいはずなどないはずなのになんだか心が少しだけ疼いた気がした。

「くだらない」

それは言葉に出すことで自らに言い聞かせるようにつぶやき、胸の痛みをごまかすと透は門に手をかける。

扉は待ち構えていたかのように簡単に開く。

鍵がかけられていない?

それも門だけではない。

ある一定の順路の扉だけが解放されている、そしてその先にあるのはナキの部屋。

あきらかな罠。

ということは那岐は今日何かがあることを予知していた?

しかもナキが狙いだということも。

だとしたら、どうしてこうも侵入しやすくしているんだろうか?

那岐の狙いが分からない、わからないが計画の変更はあり得ない。

恐れることなどもう何もない、そう意を決して透は黒絵家へと足を踏み入れる。


消えていた障害物は扉の千錠だけではない。

この屋敷にいた使用人たちまでこぞって姿を消していた。

いや、みな祭の方へ行っているのだろう。

勝手に使用人たちが行くとは考えれないのでそれも恐らくは那岐の意思で。

こうも人の気配のしない黒絵家に来たのは透は初めてだった。

広大な石造りの屋敷はまるでゲームのダンジョンに迷い込んだかのような感覚。

「奥にいるのは魔王じゃなくて神だけど。まぁどっちにしろラスボスか」

自分で行ってそう苦笑する。

ゲームのRPGと違うのは少なくとも自分は決して勇者などではないという点だろう。

そう、決して主人公にはなりえない。

「神を世界に解き放つ。まるでおとぎ話みたいだな。そう思わない?ナキ」

『透』

屋敷の最奥、鉄扉の窓が一切ない暗黒の部屋でナキは静かに透を見据えてきた。

それはあの頃、あの洞穴で会っていたころを思い起こさせる。

三年ぶりの再会。

彼女はあの頃と変わらず彼はもはや死人に近しい状態。

彼女には新たな家族ができ、彼は家族との絆を取り戻した。

お互いがこの三年間で失い得たものそれはそれぞれ大きすぎるものだったが今日お互いそのすべてをここで捨て去る。

『透、私は』

ナキがないかを言いかけるが透はそれを制止する。

「時間がない。早く屋敷を出よう」

時間が惜しい。

透は事前に持ってきた遮光用のマントをナキにかぶせるとすぐに屋敷を出ようとする。

けれどやはり物事はそう思い通りにはいかないもので、出口へとつながる北館その入り口に黒絵那岐は入り口をふさぐように二人を待ち構えていた。


「やっぱり罠だったか。どうして今日だって分かった?」

「お前が何かしようとしていた事は薄々感づいてた。お前の容態をお前の次に知っているのは俺だ、そうなると近々動くのは明白。そしてこの屋敷の警備が一番薄くなるのは今日だ。簡単な問題だろ」

苦そうな顔で那岐の話を聞く透、苦悩に揺れる瞳は那岐の後ろにある扉を睨む。

「手薄な時を狙うのは良かったが、狙いが分かりすぎたな。今後これを参考にすることができないのは残念だが、仕方がないな」

「それは、俺をここで殺すってこと?」

その透の言葉に那岐は不思議そうに首をかしげる。

「おかしなことを言うな透、元よりお前は今日死ぬつもりだったんだろ?だからこんな無茶をする」

見透かしたような言い草の那岐に透は笑い後方に控えるナキに向かって叫ぶ。

「ナキ、俺の体を操れ!ここは食い止める。そのすきにここを出ろ」

そう叫ぶ透を那岐は制止する。

「やめろナキ。透の体は砂上の城のようなもの、今むりに動かせば死ぬぞ」

透の願いを聞きたい透を死なせたくない二つの思いの天秤に揺れ動くナキの心その秤を傾けるのは。

「頼むナキ」

そう懇願する透への思いだった。

次の瞬間持っていた杖を投げ捨て那岐へと突進してきた透は彼の顔めがけてパンチを放つ。

その予想外の速さに目を見張る那岐は避けることがかなわず両手で受け止めるもその重さに支えることもかなわず後方へと倒れる。

その威力は以前那岐と稽古していた時を明らかに上回っていた。

「くっ。馬鹿どもが」

床にしりもちをつき悪態をつく那岐の横をナキは走り去る。

一瞬透の方を見ようとしたが結局は立ち止まらずに屋敷の外へと出て行った。

そんな彼女の走り去る足音を聞きながら那岐はよろよろと立ち上がる。

「その体でこの力か。まったく反則もいいところだ、まさに神の御業か。けど透わかってるのか、お前もう死ぬぞ?」

先ほどまでの死にそうな顔つきとは裏腹に妙に晴れやかな表情をしている透、けれど顔色は蒼白どころかもう土気色に近い。

それは素人であろうとも予期できる死相だった。

「だろうね、体はやっと自由を取り戻して本当に思い描くまま動けるのに、なんだかぞっとするような寒さが体の中にある。自分の命の日が燃え尽きようとしてるのが分かる、変な気分だ」

「わからない。なぜそこまで己を犠牲にする?今お前が逃がした女は、人じゃないんだ。わかるか?神とまで称される力を持った人外、そんなものが外に出てどんなことになるかわかってるのか?」

そんな那岐の訴えを透は鼻で笑う。

「犠牲になったつもりはないさ。アイツは俺俺はアイツ。俺たちは二人で一人。俺がいなくなってもアイツが自由に生きてるなら俺はそこにいる。那岐お前にはわからないさ、俺とアイツの契約は。外の世界は知らないよ見たこともない世界の事なんて興味ない。そんなものより俺は自分の望む事を選ぶ。世界より、友達の幸福を祈る」

そう言い透は拳を構える。

「悪いけど時間がないんだ、早いところ気絶してもらうよ」

「殺すつもりはないのか?」

その問いに透は目を見張る。

「殺すわけないじゃん。友達を」

友達そういい放つ透に今度は那岐が目を見張った。

「友達だっていうのか俺を?こう敵対した今でもか」

「関係ないよ。今この瞬間がすべてじゃない。たとえ今は拳を交える仲だとしてもそれで今日までの全てがなくなるわけじゃあないと俺は思う。違う?」

その言葉に那岐はつい笑みを漏らしてしまった。

「ああ、そうだな透。俺もお前とまだ友であると思いたい!これからもこの先も」

透と同じように晴れやかな顔で拳を構える那岐、その二人の表情はおおよそこれから戦おうとしている者同士には見えない。

こえから談笑するかのような雰囲気で彼らはその拳を交える。

「じゃあ那岐」

「ああ、はじめよう」

それが戦いの合図となった。

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