第16話

「黒絵家はどうでした?」

「別段変わりはなかった。那岐も大きな動きは起こす気は今の所無いようだったよ」

所変わり、家へと帰宅した透は明理を自室へと招き今日の出来事を話し聞かせていた。

以前なら島の権力者である明理がこのような一庶民、それも本土から来たよそ者の家へと上がり込むことなど他の者に見られでもすればどのようなうわさ話をされるか分かったものではなかったが、今やもう一つの権力者である黒絵家が彼との交流を公にしその上口を出すものは力づくで黙らせたものだから、星蔵家との交流も今や半ば認められたような形に収まり、明理もこうして今まで通えなかった友人宅へ足を運ぶことができるようになった。

無論、それだけで島民皆が納得することは無いし、悪いうわさ話もいくばか流れもしたが、そこは自分が取り合わなければいいだけと明理はそのような話は聞き流すことにしたのだった。

ここ数年で彼女なりにないか吹っ切れたのだろう。


「皆さんに変わりはありませんでした?」

先ほど答えた質問を再び聞き返す明理、この回りくどい言い回しから察するにどうやら先ほどの答えは彼女が望むものではなかったようだ。

「変わりはないって言っただろ。明理は気になってるのは黒絵家じゃなくて子供たちの事だろ?」

透がそう聞くと彼女も小さく頷いた。

「なら素直に最初からそう聞けばいいのに」

そういうと彼女はバツが悪そうに顔をそらした。

「なんか、透に告げ口させてるみたいで。言いにくかった」

「馬鹿だな、そんなの気にするなよ。そんなこと思ってないし別に悪いこと聞いてるわけじゃないだろ」

透は呆れるが明理はそれでも申し訳なさそうに頷くのだった。

「はーまぁいいや。といっても子供たちも変わらずって感じだったけどね。凌真はどうなんだろうな。たぶんだけど、俺たち人間を軽蔑してるのか正直あの子の気持ちはわからないけど今の現状には不満がありそうだった。特に那岐との関係は親子のものではないな。俺も正直正しい親子関係なんてわからないけれど、少なくともあんな互いを監視しあうような仲は決して違うと思う」

「そっか」

「それより、明理。今年の神帰祭参加するの?」

ぶっきらぼうだがやけに険しいまなざしを明理に向け透は聞く。

神帰祭、年に一度9月4日、神ヒルが降臨したとされる日を祝するこの祭りはこの外界から閉ざされ隔離された島の数少ない娯楽の一つでほとんどの島民がこの行事に参加をする。

島では普段食べられないタコ焼きやたい焼きクレープなどの屋台が立ち並び子供たちは射的や金魚すくい花火といった遊戯に夢中になる。

本土の子供たちが熱中するようなゲームや漫画が極力排除されているこの島ではこの祭りこそが幼き子供たちの最大の遊びだった。

そんな祭りを取り仕切るのは、この島を納める黒絵家と星蔵家の両家。

それは昔からの習わしであり、当然星蔵の当主である明理の参加など聞くまでもないはずなのだが、

透はそんなことをやけに真剣に聞いてきた。

「例年通り、もちろん出るよ。進行は黒絵家の方に任せてるから私は本当に出席するだけだけどね」

あの日、ナキが星蔵家を出て行った時より星蔵の権威は徐々に廃れてきている。

いまま星蔵は黒絵と共に島での政は優劣が出ないよう分散してきていた、しかしここ数年は全て黒絵の方へ主導権をゆだね、蔵星は顔出しだけの飾り物の権力者と化していた。

故に島民たちは言う、蔵星は当主が変わり落ちてしまったと。

この、ふがいない体たらくは全て明理様のせいなのだと。

黒絵がナキを手に入れ力をつけていったのも事実だが、明理が何もなさなかったのもまた事実なのでその件については何も言えない。

「出てくれるならそれでいいよ」

そこで透は黙る、少し寂しそうなその表情は明理に一つの予感をよぎらせる。

「ねぇ、今年なの?そんな、悪そうに見えないよ。今日だって一人でここまで来てるじゃない」

まくしたてるような口調になってしまうのは内心の焦りを抑えきれないからだろう。

出来ればそうであってほしくないと願うが透は首を振る。

「今日はまだ調子がいいだけさだから会いに来た。この話もしたかったし。自分の体だ、しかも契約の影響かな?なんとなくわかるんだ今の状態が。無理だよ」

やわからなほほえみさえ見せながら、透は自分の死期を断言した。

今年までの命だと。

死を身近に感じながら、死を自覚しながらも彼の瞳は絶望はなく力強さに満ちている。

それはまるで、戦士のようだと明理は感じた。

特攻兵のような、自らの死を受け入れたある種の悟りのような境地。

死を受け入れる、それは強さなのだろうか?

少なくともそんな姿の友人を見る明理の胸は絞られるように痛い。

「おじさんたちはこのこと。知ってるの?」

「全部話して納得してもらった。うん、納得したんだと思う。泣かれたけどね」

ヘラリと笑って見せる透はどこか嬉しそうにも見えた。

かつて字彼ら家族の中は良好なものではなかったことを明理は知っている。

それが、あの日ナキが蔵星の家を出て行った日以降はたから見てもぎこちなくではあるが互いに歩み寄っている姿を見る機会が多くなった。

彼の両親が、よそよそしく息子に話しかけるのは変わらずだけどその頻度が多くなった気がするのは決して明理の気のせいではない。

透が人手がどうしても必要なときいつもそばに入れるよう彼らは仕事もやめなるべくそばを離れないよう気遣っている。

それはまるで腫物を触るようで少しよそよそしくもあるが透もぶっきらぼうながらも彼らの態度を受け入れていた。

そう彼は間違いなく両親に愛されていた。仕事ばかりに没頭したのもよそ者の彼らが生きていくにはそれしかなかったからだった。

息子に孤独感を与えた引け目からよりどう接すればいいかわからなくなりより息子を遠ざけた彼らは確かに大きな落ち度があっただろう、決して自分を邪険にしていたわけではなかったそれを知った透は親を憎んだ過去を悔いはしなかったものの、今からの両親を許し受け入れることができた。

その時のまるで胸の中にあった鉛が溶け去ったかのように思いが軽くなったと明理に透は以前語ってくれた。

彼は命を代償に親の愛という当たり前の祝福をやっと知ることができたのだ。

出来るならそれが持った早ければと明理は思う。

彼がこのような結末をたどってしまう前に、自分が透を巻き込む前にそれに誰かが気づけたら、歩み寄るのがもっと早ければそこには共に好きな歴史で語り合う親子の明るい未来が待っていたのではないのか?

明理はそう考えてしまう。

だからこそ、

「約束、たのむ」

再度そう頼んだ彼の言葉に明理はただ顔をうずめて頷くしかなかったのだ。



今後の事を話し終えた透は明理の見送りを断り一人でふらついた足を杖で支えながら玄関へと歩いていく。

見送りを断ったのはひとえに泣きじゃくる明理を連れるのはなんだか不憫に思ったのとそんな明理を連れて佐織とともにいることに単に耐えれなかったからだ。

明理に代わりに見送りを頼まれたにもかかわらず足取りのおぼつかない透を助けるそぶりなど全く見せない佐織は迷惑そうに腕を組みこちらを見ていた。

その態度は透としては以後心地が悪かったが変に助けを借りるよりはよっぽどよかった。

以前島民が道端で転んだ透を助けようとしたときあるものは憐れむように、またある者はいかにもいやいやといった風に手を貸してくれた。

それが善意であるのは重々承知していたがなぜかひどく胸に刺さり自分はまるで存在するだけで迷惑な存在なのではと、そんな錯覚に陥りそうになった。

だから、こうして純粋に忌み嫌われる方が一層すがすがしくてまだ心の痛みは少なくて済んだ。

嫌われていると始めからわかっている方が傷は浅い。

救いの手を差し出され身近で歪んだ善意を見る方が透からすればよっぽど気持ちが悪かった。


「明理様は最近いつも泣いています。貴方のせいで」

廊下の端に立ち透がゆっくりと歩く姿をただ眺めていた佐織が急にそんなことを言うもんだから透はとっさに佐織の方を向いてしまいバランスを崩し倒れてしまう。

そんな透を佐織はまるで何事もなかったかのように見ていた。

「明理様が泣いているのは、貴女のせい。そうですよね」

再度佐織が訪ねてくる。

自分のせい、明理が自分の死を悲しんでいる?

透は自身が他人のどう思われているか感じ取るのが正直苦手だ。

というよりそんなことを考えるのは気恥ずかしかった。

だから、この時も一瞬悩みはしたがすぐにうなずいて見せる。

透と明理の間には男女の恋愛的な思いはなかったけれど確かな友情があるはずだと思っていたから。

ここで頷かないのは今までの友情の否定だし明理に対してとても無礼だと思ったからだ。

「そうですね。こんな体の俺を明理は心配してとても傷ついている。本当にやさしくていい人です。よそ者の俺とずっと一緒にいてくれた大切な友人です。そんな彼女を泣かしている事、申し訳なく思っています」

足がうまく動かず正座をすることができないので透は謝罪と共に頭だけを佐織に向け下げる。

それは世間をあまり知らない彼なりの誠意を持った謝罪だったが佐織は蜘蛛の巣が絡みついたような生理的な険悪感を覚える。

明理を呼び捨てにしたことも彼女を友人だと断言したこともすべてが気に食わなかった。

その謝罪すらまるでピエロのパホーマンスのようで白々しく見えるのだ。

「ぬけぬけと。そう思うならいっそここに来るのをやめてくれないですか。貴方来るたびに明理様はその姿を見て胸を痛めるんです。貴方が来なければ少しはあの方の心も穏やかになるのではないんですか?」

「どっちにしろ、俺はもうすぐ死ぬんで来なくなりますよ」

透がそれをどのような気持ちで言ったのかはわからない。

ただ事実を口にしたのか、それとも自分はもう消えるから安心してくれと彼なりに彼女をなだめようとした結果だったのかもしれないが、その死ぬからと言い捨てるような言葉はより彼女の気に障った。

「だから!貴方が死ねば明理様はより悲しむのです!認めたくはないですが貴方は明理様にとって大切な人のようですから」

彼女の怒気に驚き顔をあげた透は何かに築いたように目を見張ると、

「そうですね。馬鹿なことを言いましたすみません」

と、再び頭を下げた。

「こんなこと言える立場ではありませんけど、後の事明理の事よろしくお願いします」

謝罪と共にそう頼む透に佐織は聞こえるように舌打ちをすると。

「貴方になど言われなくてもそうつもりです。明理様にも頼まれています」

と吐き捨てるように承諾してくれた。


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