第6話

「よう、ずいぶん待たせたな」

透を寝かしつけてきた那岐を出迎えた正は軽薄な笑みを向けてきた。

待っている間暇だったのだろうか、曇った窓に渦巻のような落書きをしていた。

「家の鍵の場所を知らなかったからな、彼の親に連絡を入れてた」

「その親は帰ってきてないみたいだけど?」

家の前に止めた車の中に待機していたんだ、人の出入りがあったかどうか位は確認できる。

家の周りを塀で過去漏れたこの家に裏口があるとも思えないし、家主がわざわざそんなところから帰宅するはずもない。

「彼らは仕事中だ。こちらにはこれない」

「へー子供が病気なのに返してくれない職場か嫌だね~」

「彼らの雇い主は俺だ。俺の頼みでこの島の文献を調べてもらっている」

その事実に一瞬沈黙が挟まったが正はすぐに笑みを見せる。

「へぇ~それで両親の代わりに家まで送ってやったってか?驚きだなお前にもそんな人間性があったとはね。もっとクズってるかと思った」

「人間性?俺からすればお前の口からそんな言葉が出たほうが驚きだ。クズという意味ではさほど変わらんだろう」

確かにと正はうなずく。

那岐はそんな正はほっとき運転をしながら一人思考を巡らせていた。

それは先ほどの透の症状だ。

原因不明の頭痛に意識を失うほどの激しい疲労、医者ではない彼は正確なことは言えないが一つよく知る症状が頭をよぎった。

まさかとは思う、けれどそうだといいと期待してしまう自分がいる。

確かにこんなことを考えている時点で自分の人間性など消えてしまっているのだろう。

那岐はそう認めた。



その日、透は自らの布団の中で眠りと覚醒を何度も繰り返していた。

時折起きる脳に鉛筆でも刺したかのような激痛、その痛みで目を覚まし布団の中でひとしきり暴れると疲労から眠りにつく。

それを何度繰り返しただろうか?

もしかしたらこのまま死んでしまうのかもしれない。

そんなことを考え始めたころ、自分が頭を回すだけの余裕が出始めたことに気づいた。

頭は痛むが先ほどまで続いていた気が狂うほどの痛みはいつの間にかなくなっていた。

這うように布団から出ると服が汗まみれであることに気づき寝間着へと着替えた。

本当は風呂に入りたかったがそんな気力はわかず、着替えのみにすることとした。

次にしたのは水分補給だ。

喉はさほど乾いたとは感じなかったが、絞れるほどの汗をかいたのだ、流石にまずいと思いコップ一杯の水と一つまみの塩をなめるように口に含んだ。

本当にこんなことで体力が回復するかはわからなかったが透なりに知識を総動員させ体を休めたのだ。


深い眠りの中で透は夢をみた、夢の中で透は大の字で倒れており今にも雨の降りそうな雲模様を眺めていた。

このままここにいればずぶ濡れになってしまうだろう。

移動しようと思ったところで自分の体が動かないことに気づく。

見れば、手足が粘着性のある糸に絡まっている。

それでわかったここが巨大な蜘蛛の巣であることに。

嫌な予感がし必死で体を動かすが糸はびくともしない。

疲れ果て再び青空を見ていると妙なことに気づいた。

巣が振動している。

それはおかしい、自分は動いていないのに。

透はあたりを見渡す。

そして、ちょうど自分の頭上をみようとしたときそれと目が合った。

毛むくじゃらの体を前のめりにし、ビー玉のような無数の目でこちらをのぞき込む。

そこに慈悲などの感情は見られない。

割れたように広がる口からはどろりとした体液が零れ落ち透の顔に降り注いだ。

ねっとりとした嫌な感触と何日も放置した汗まみれのタオルのような口臭が顔じゅうに広がり、開いた口が視界を覆う。

そしてパキっと木の割れる音が耳に聞こえ目が覚めた。


「夢、だよな」

目覚めと共に顔に手をやると確かな感触がそこにはありほっと胸をなでおろす。

昨日の、休息が良かったのか最悪の目覚めとは裏腹に頭は頭痛もなくすっきりしていた。

立ち上がると水を含んだ服を着ているようなけだるさはあったがそれ以外の違和感はなくなっていた。

そんな彼が朝起きて一番にしたことは昨日世話になった黒絵那岐への連絡だった。

そしてそのことは那岐も予測していたのだろう普段なら使用人が一番に受話器を取るはずだが今日は那岐本人が出てくれた。

長話も迷惑などでとりあえず体調の回復だけ伝え電話を切る。

途中、両親が心配していたと那岐が教えてくれたがむなしくなるだけで喜びは沸き上がらなかぅた。

心配するなら帰ってきてくれてもいいのにそんな不満が沸き上がった。

しばらくしてから、明理からも電話がかかってきた。

彼女は透の体調を心配して機能も電話を掛けたらしいのだが結局つながらず、今日になって再び連絡を入れてきたのだった。

透は、昨日は寝付いていて電話に出られなかった謝罪と心配してくれた感謝、そして今はもう大丈夫だという報告をすました。

明理の方も報告したいことが色々あったみたいだが透の体調を心配して話はまた後日ということになった。


電話を終えた後透の足は自然と書庫へと向かった。

書庫といっても透の家は質素な平家、余った部屋に本を置いてあるだけのもので書庫として作られたような立派なものではない。

本棚に収まりきらないものは部屋の隅に山積みにされ置かれていた。

その中でも机の横に置かれている本棚。

日光による本の劣化を防ぐために布までかけられ、保管されている本棚に透は向かった。

こういった風に隠されるとその向こう側にはさぞかし重大なものが隠されているのだろうなんて、まるで宝箱を見つけたような淡い期待をしてしまうが、その向こう側の現実を知っている透は特に興奮することもなく布をめくった。

そこにあったのは、辞書や歴史書などではなく何の変哲もない大学ノートだった。

本棚にぴっしりと治められたノート達、それは手に取ってみると所々が擦り切れており長い間使いこまれていることが分かった。

そしてこのノートこそが透の両親がわが子を放置してまで作り上げ積み上げてきたこの天鳴島の歴史、ひいてはヒルに関する書物たちだった。

透は、そのノートを手に取り読みふける。

このノートを見るのは初めてではない。

自らの親が一体何痛いしそこまで熱を上げているのか気になり盗みしたことは何度かある。

そこにあるのは、まるで理解できない幻想のような夢見物語が書かれており透はそんそここの書物たちを憎んだ。

けれど、こんな物でも親友の助けになるなら憎しみなど捨てると決めたのだった。

そうして透はのめりこむ書物に記された掘り起こされた歴史へ。



曰く、この世界には多くの神がいる。

神とはそれは人知を超えた存在を指す。

それは時に神ではなく悪魔として妖怪としてモンスターとして精霊として人々に浸透してきた。

だが現代の常識から当てはめればそのような存在はいないとされる。

ならば、この世に語り継がれる神々たちは全て人々の幻想から生まれ着た存在なのだろうか?

それだけでは説明できないことは多々ある。

人類の進化もその一つだ、なぜこれだけ多くの生命体が繁栄したこの星でこれほどまで知能が進化したのは人類だけだったのか?

ある伝説では人類を生み出したのは神々だという。

それをもとにした説の一つがこの星の猿人と人型の人知を超えた何かが混ざり生み出されたのが人類だという説である。

そう人々は真に神の子なのだ。

故に人類は進化を続けやがて親である神へと近づかなければならない。

それがこの島における神と人の認識である。

そしてその思想を大きく掲げるのが黒絵家である。


では、神とされる人知を超えた何かとは何者なのか?

ある国の伝説では神々は空にある天上界に住んでいるとされるが、空の上にそのような世界がないことは今やだれもが知る事であろう。

では、その空を雲の上ではなく宙、すなわち宇宙だととらえた場合はどうであろうか?

すなわち、神とはこの星の外からやってきた異星人、だという説である。

あまたある星々のどこかに住まう人知を超えた高位の生命体、それが神だという。

神、悪魔、モンスターが同じ存在だと考えこうも姿が違うのはそれはまた違う星から来た異星人同士だからだという考えだ。

次なる説は神の正体はここではない別次元から来た存在だというものだ。

別次元、それは宇宙と比べても人類が到達するにはあまりにも遠い世界。

なんせ、この世とはまた違う世界なのだ人々の手で行くことなどできるはずなどない。

しかし、神の伝説と同じように異世界の話はやはり世界中に存在している。

天界、魔界、パラレルワールド、天国や地獄といった冥界も考えようによれば異世界の一つだ。

つまり神々は高位世界より来た生命体だという説。

他にも挙げるならば神はこの世で生まれた全く新しい突然変異種だという説もある。

自然界においても突如として現れる一世代限りの生命体は存在する。

人の手にかかれば故意に生み出すこともできる。

神もそうした世界のエラーにより生まれた存在だという説だ。

実際世界には多くの未確認生命体情報がある。

彼らも呼ばれ方こそ違えど、神の一種なのかもしれない。

人類においても超能力や霊能力など常人の域を超えた存在がいる彼らもある突然変異だというのだ。


ちなみにこの島ではそういった存在は帰神と呼び先祖がえりを起こした人々だと思われている。


他にも説はいろいろとあるのだが、この島に降臨された神であるヒルとナキこの兄妹神もそのうちのどれかに当てはまるものだと考えられている。


彼らは、髪から肌まで白菊のような一切の交じりない白色をしていたという。

それは恐らく色素が薄い、あるはないためだと思われる、それを裏付けるように彼らは日の光を嫌い地下に潜り済んだという。

ルビーのような赤い瞳もアルビノなどでまれにみられる血液の色が透き通って見えているのだと考えられる。

となると彼らの血液は赤色でヘモグロビンに似た何かを内包しているのかもしれない。

体色こそ大きく違えどその姿形は大きく人類と似通っており、似通った進化をたどった生命体なのかもしれない。

とはいえ、神と呼ばれる彼らの力は人知をはるかに超えたものだった。

彼らは我々では及びつかないほどの科学力を有し、様々な知識を人々に教えたという。

彼らの技術の中でも特に秀でていたのは生体技術であった。

彼らのおかげで当時この島の医学は驚異的な進歩を遂げたという。

その技術は大衆には秘匿され今も黒絵家が所持しているという話だ。

また彼らは人を操るすべにたけていた。

かつて、多くの島民たちが彼らに従ったという記録が残っているがこれは彼らの特殊な体質が原因だと思われる。

後年、黒絵家が保管しているヒルの亡骸、これを調べたところによると彼らはその体から特殊な電波を発していることが分かった。

彼らの特殊なカリスマ性はその電波が人の脳に影響を与えた結果だと思われる。


「神の正体は人を操る異星人か」

透のそのつぶやきは少し笑みが混じっていた。

喜びからの笑みではなく謎がいくつか解けたことによる開放感からくるものだった。

元々透は神なんて言う超自然的存在は信じていなかった。

奇跡や信仰なんて胡散臭い、そんなもので人が救われるならこの世全ての人が幸せでなければならないのだから。

だからヒル伝説も透はばからしいものとしてかかわろうとはしなかった。

けれど、この真実を知り透は今まさに神ヒルの存在を受け入れることができた。

神はあくまで生物、この世に存在するもの。

この真実がうれしい、空想が現実に落ちたその事実に震える。

神は神ではない、その事実を知っただけだったが透はその時、確かに神に勝ったような気がしたのだった。

それと同時に両親の研究が確かに意味のあるものだと分かり安堵した、あの人たちの仕事は無意味なものではなかったのだと知ることができたのだから。

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