第3話
神に会わせる。
その意図のわからない。
まさか本当に神様が現れたわけじゃないだろう、という疑念と。
ヒル信仰の強い彼女がわざわざそんなことを言うはずがないという思いがぶつかる。
透は自分より頭一つ分高い明理の後頭部を見つめながら無言のまま彼女について行った。
道行から彼女が自身の家に戻ろうとしていたことはわかった。
けれどそれはまた意外なことだった。
まだ年はやっと十を迎えたばかりの透だが明理との付き合いはそれなりな長かった。
思い出せる限りでは小学校に上がった時にはもう一緒に遊んでいた覚えがある。
それでもお互いの家に行ったことは一度もなかった。
別にそれを不満に思ったことは一度もない。
なにより透自身が星蔵の屋敷に出入りすることの場違いさが分かっていたから。
星蔵家のこの島での役割は名家というだけではない。
あの土地はこの島での聖域とされる二つの場所の一つであり彼らはヒルを奉るとともにその場所を守護しているのだ。
ただその場所が星蔵家全体をさしているのかどうかはわからない。
「少しここで待ってて」
人気の無い裏道を通り抜け林の先にあったのは星蔵家の外壁。
何度か見たことのあるあのでかい門のような玄関がないことからここは裏口なのだろうと透は考える。
白い城壁の一角にある小さな扉、恐らくあそこが入り口なんだろう、明理は透を外に残しその中へと入っていく。
こんな場所に一人っきりという心細さを感じながら待つこと一分ほど明理は少し息を弾ませ再び扉の中から出てきた。
どうやら走って戻ってきたようだ。
本当に一体何があったというのだろう?
透の疑問はますます深まっていく。
「ごめんね。中に人がいないか確認してたんだ。うん、今なら誰にも見られずに移動できそう。佐織さんの料理やお寺の対応で忙しそうだから。任せっきりなのは悪いけどね」
本来、家柄を何よりも重んじるはずの彼女が信頼しているとはいえ家政婦にすべてを任せているそれもおかしなことだった。
「じゃあ、行こう」
手を引かれ門を抜けるとすぐに目に入ったのはよく手入れされた庭園だった。
一面に白石を敷き詰められ不規則に見えつつも人々の目を引くように植えられた松などの木々は自然と人工が生み出す美しさがあった。
風情などまだわからない透だがここがなんだか凄いということは感じ取れ、もう少しだけ見てみたいという思いが生まれたものの、明理はそんな思いには気づかず彼を屋敷内へとそのまま連れて行った。
外観もそうだが内装も見事なまでな武家屋敷である星蔵家を前にして透は物珍しそうにあたりをきょろきょろとする。
そんな彼に明理は人差し指を唇にあて静かにとジェスチャーをし、階段裏の隠し扉を開いた。
その光景に驚きいまにも何か質問してきそうな透を明理はさっと隠し扉の中へと連れ込む。
「なにここ?」
その奇妙な部屋を前にして透は呟く。
明らかに異質なその部屋を前にして透は少しの恐怖心を覚える。
「この下に神様がいる。透君に会ってもらいたいんだ。そしたらきっと、ヒル様の素晴らしさもわかってくれるはずだから!」
グイっと詰め寄る明理に若干の恐怖心を抱きながらもそれ以上にうんざりとした気持ちが沸き上がった。
せっかく親友の家に初めて来たのに、なぜわざわざそんな話を聞かなきゃいけないんだと。
「悪いけど、こんなところでそんな話は聞きたくない」
そう言い放ち扉を抜けようとすると。
『来い』
そう自分を呼ぶ何かが感じられた。
声とは違う、まるで頭の中に突如文章が浮かび上がったかのような未知の感覚。
驚き足を止め振り返る。
なぜかはわからないけど、自分を呼んだヤツは目の前の螺旋階段の奥にいる、そんな妙な確信があったから。
「この下に何がいるの?」
透の唐突のその質問に明理はキョトンとする。
先ほどまで帰りそうだった彼が突然、地下に興味を持ち出したからだ。
そして一つの答えが頭をよぎった。
「そっか、透君は導かれたんだね。この下にいらっしゃるのは神様それ以外の何物でもない御方だよ」
神、明理がずっと使っているその表現が少し気になった。
この島でいう神は誰もが共通の認識でヒルの事を指す。
ヒル、太古の昔この島に降臨されたといわれている神。
この島に繁栄と支配をもたらした神。
ヒルの英知は島を豊かにし、ヒルの権能は人々の願いを叶えた。
その対価としてヒルは島民を奴隷として縛り上げた。
歯向かうものは消して許さず、死よりも恐ろしい神罰を与えたらしい。
そんなヒルからの解放を望んだ島民はヒルを打倒し、島の何処かに封じたという。
人々に倒された神、ヒルけれど信仰はいまだ衰えず島民は敬意を込めその髪をヒル様と呼んでいる。
もちろん明理もその一人だ。
そんな明理がヒル様ではなく神と呼んでいることが透は妙に引っかかった。
「神様ってまさか。ヒルがこの下にいるの?」
その問いに明理は首を振る。
「違う。この下にいるのはヒル様とはまた違う神様。けれど格としては同格の素晴らしき御方よ。この島に新たな神様がご降臨されたの」
その言葉のどこまでが本気なのかはわからないが彼女の高揚したようなその顔は明らかに今の現状によっているようだった。
行くべきか?
そう迷う透に再びあの耳ではなく頭に響く声が聞こえてきた。
『来い。こちらへ来い』
まるではるか頭上から見下すように発せられたその声の主が神だというのなら不思議と納得できるそんな傲慢さが感じられた。
「いいね。本当に神様がいるってんならぜひとも見たいものだよ」
強がり交じりに地下へ向かうことを選ぶ透に明理は嬉しそうに笑う。
「うん。神様が君を待ってるよ」
そうして透は明理に導かれながら深淵へと降りて行ったのだった。
長い螺旋階段を降り終わるころには透の中で一つの説が頭の中に浮かんでいた。
それはこの隠し扉の奥にある謎の空間についてだ。
この場所を見つけた経緯を先ほど明理から聞いた透はここが星蔵家にとって重要な場所なんじゃないのかと考えだしていた。
そして、星蔵家にとってそこまで重要な場所といえば彼らが守護してきたという聖域、神降臨の地。
その考えを明理に伝えると彼女は意外なほどにあっさりと肯定してくれた。
「たぶん、そうだと思う。ううん。それ以外思いつかないもん私も。ここがきっと始まりの場所。神の降臨の地だよ」
神降臨の地、その響きだけで想像したものは清らかで神々しい光あふれた場所なんだとなんとなく思っていた。
けれど実際に目の当たりしたのは暗くてジメジメしていて妙に人工的な機械が無数に取り付けられた穴倉だった。
「こんなところが聖域?」
『貴様たちの島だろ?ずいぶんな言い方だ。嫌いなのかこの島が』
頭によぎる例の文字。
けれどこんどはまるで声でも聴いたかのように不思議とその文字を発した人物がどこにいるかが分かった。
それは二人の目の前にいた。
水浸しの床を這うように広がる無数のケーブル。
それが一か所に集まる場所、まるでそこがすべての中心だと言い張るようにでかでかとそびえたつ人期は大きな機械、たぶん小さな小屋ぐらいはあるだろう。
その上に座っている人がいた。
その人物はほとんど裸といってもいい白と金色の着物を肩から羽織っただけの服装をしていた。
体系から言って女性だということはわかった、子供の透からしても目を引くほど美しい顔をした女性だ。
けれど、何より驚いたのはその体。
髪の毛、皮膚は全てまるで画用紙のように真っ白な色をしておりおおよ人間のものには見えない。
それでいてやや鋭く吊り上がった目、その瞳は真っ赤に燃え上がっていた。
その姿に透はドキリと心拍数が上がるのを感じた。
「明理。アレは何?」
あそこにいるのが多分明理の言う神様の正体。
それが分かっていながら透は聞かずにはいれなかった。
意図してというより反射的に聞いてしまっていたのだ。
そんな透に明理は少し神妙な顔をして注意をした。
「アレ、なんて言い方は失礼だよ。あの御方こそヒル様に並ぶこの島の神様なんだから」
透はその神を見据える。
アレが本当に神なのか?
その疑問は消えない。
確かに、普通じゃないのは見ては取れたがとても神様と呼ぶほど神聖な感じには見れなかったからだ。
いやむしろ、こちらをあからさまに見下しているような態度に透は馬鹿にされているような不快感を感じていた。
『随分とこちらを見るな。お前』
赤い瞳が透を見据えてくる。
親しみなどまるで感じれれない、いや何の感情も載せてないその視線を透はそらすことなく見つめ返す。
「アンタが本当に神様なのかは知らないけど、神様ってもっと神々しいものかと思ってた。なんか白蛇みたいだな」
真っ白なその全身に赤い瞳、そしてみるだけで心がくすぐられるような妙な感覚それを前にして彼が連想したのが白蛇だった。
そういえば白蛇を神としてまつる神社もあるのでこの連想はそう間違いじゃないのかもしれない。
そう勝手に納得する透をよそに明理はそんな発言をして大丈夫かと気が気ではなくなり、それを言われた白い女性、本人は意味が分からないと首をかしげるのだった。
『白蛇?なんだそれは?』
神様なのに白蛇も知らないのか。
そんなことを考える透の横で明理は説明を始める。
「神様、白蛇というのは・・・」
『いや、いい。お前が説明をする必要はない。私をそう呼んだのはコイツだ。ならば、その白蛇が何であり、何を思い私をそう呼んだのかはコイツ自身から聞くべきだろう』
明理を制止した白い女性はすたりと機械から飛び降り華麗に着地した。
パサリと水に落ちる見事な着物に目などくれることもなく女は透の前にまで歩み寄った。
近づくと女の背丈は意外と高く透の背丈はちょうど女の胸ほどのところにあり嫌でもその大きく膨れた胸元が目に入ってしまった。
異様な姿とはいえ、初めて見る母以外の女性の裸体に身を固くする透、そんな彼の頭を女は無造作に鷲掴みにした。
「なに?」
不安な声を上げる透、そんな彼にかまうことなく女は告げた。
『観るぞ、お前の頭の中を』
その言葉と同時に透は意識を失った。
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