第2話

この島は嫌いだ。

それが先月十一歳の誕生日、祝いとしておはぎを作ってくれた親友に飯屋透が浴びせた言葉だった。

今思えばアレは悪かったと透は反省する。

せっかく誕生日を祝いに来てくれたのに島が嫌いだなんてもっとも言ってはいけない相手に言ってしまったのは、以前見たテレビのせいだった。

そもそも、飯屋透はこの島の古からの風習や伝説が嫌いだった。

島民なら何よりも身近に感じるであろう伝統を嫌うわけは彼の両親にあった。

彼の両親はこの島で伝承研究をしておりそれに没頭するあまり一人息子の透を放置することが多々あった。

ほかの家の子供のように親にかまっていられない、それを寂しいと思い両親を奪うこの島の伝承ひいては神として崇められるヒルを憎むようになるのは時間の問題だった。

だからこそ、一番の謎がなぜ彼女と彼が友人となったか?だった。

 

話は戻るが、彼の発言の原因となったテレビというのは別にたいしたものではなくごく普通のバラエティー番組だった。

食事中の暇つぶしに途中から見だしたので詳しい内容はわからなかったがどこかの家族が取材されその中で子供の誕生日だったのだろうか?

みんな笑顔でショートケーキを食べている姿が映し出されていたのだった。

それを見る透は今日も一人、即席ラーメンを食べている。

同じ家族なのにこうも違うありようにとても悔しい思いをした。

自分もああいう風になりたい。

そんな思いを抱きつつ両親には何も言えないで迎えた誕生日。

両親はやはりプレゼントなど用意してくれず、つまらないと一人島を散歩中に親友がくれたプレゼント。

それが島伝統のおはぎだったせいで彼は何も関係のない彼女につい八つ当たりをしてしまった。

本当は嬉しかったのに、一人でも誕生日を覚えてくれた人がいて嬉しかったのに。

ケーキじゃなかったという事実に腹を立ててついあんなことを言ってしまったのだ。


彼女は『おはぎ嫌いだったかな?ごめんね』と申し訳なさそうに笑っていた。

それ以来彼女とは会っていない。

透からも会おうとはしなかった、なんと声をかければいいのかがわからなかったから。

思い返せば声をかけてくるのはいつも彼女の方からだった気がする。


そして、一昨日彼女の父親が死んだ。

島での権力者であった彼の死は島民に動揺を与えたが透が気になったのは島のコンゴなどではなく自身の親友の事だった。

葬儀で彼女の姿は見かけたがいつものはじけるような笑顔は面影もなく神妙な顔で喪主を務めるその姿は大人びていてまるで別人のようだった。

当主が死んだということはこれからは彼女、明理が星蔵家の当主というわけで、もう彼女とは遊べないのかもしれないそう考えると泣きそうになった。


葬儀の次の日、透は島の北区にあると『かけいし』呼ばれる沢辺へと訪れていた。

かけいしは北区の中でも日ノ丘に近い場所にあり、葬儀以外ではだれも近づかないこの場所は透と明理の待ち合わせ場所となっていた。

透はともかく明理のこの島での地位は高い。

何かと人目につく彼女が、心置きなく過ごせる場所はこういった場所しかなかった。

ちなにみに、かけいしという名はこの沢にある石橋が由来である。

石橋といっても人工で作られた綺麗なものではなく、あくまで石橋のように川にかかる自然の岩で島民はみなその岩をかけいしと呼びいつの間にか地名のようになった。


この待ち合わせ場所にもしかしたら明理がいるかもと淡い期待のもと訪れた透、そんな彼の前に明理はいつものようにかけいしに腰を掛けて待っていた。

透は驚きを隠せない、期待はしてたもののまさか本当に彼女がいるなんて思ってもいなかったから。

昨日葬儀があったばかりで家を継いだ彼女はいろいろと忙しいはず、少なくともこんなところで油を売っている暇はない。

なぜここに?

そんな疑問が浮かび、やはりなんと声をかけていいのかわからず狼狽えていると、透の存在に気づいたのか、明理の方からこちらへとやってきた。

「良かった。もしかしたら会えるかもってここに来たけど本当に会えるなんて。ビックリしちゃった」

どうやら明理の方もここで透と会えたのは全くの偶然であり、透がここに来るという確信はまるでなかったようだ。

ただ、透と明理をつなぐ接点がここしかなかったから足を運んだだけ。

げんに、あと三十分待って透が現れなければ帰るつもりだったのだ。

だからここで出会えたことを彼女は大いに喜んだのである。

それとは変わり透の違和感は増していく。

以前のような笑顔を向ける明理、それが昨日父親の葬儀を終えたばかりの人間が見せる反応に見えなかったからだ。

「俺もビックリした。明理がここにいるなんて思わなかった」

「そうだよね。ごめんね。おどろかしたかな?」

少しおどけるように言い明理は透の頭を撫でてくる。

その子ども扱いが恥ずかしくて透は明理の手を振り払う。

「子ども扱いはやめてよ」

「え~でも現に私の方が五歳もとしうえだしな」

こんどはまるで子犬とじゃれあうかのように透の頭を撫でまわす明理。

どうやらえらくご機嫌のようだ。

「どうしたの?なんかいいことでもあったの?」

葬儀を終えたばかりの遺族に言っていいような言葉じゃないのを承知で透は聞いてみる。

「あったよ。凄いことがね!」

どうやら興奮が抑えきれないのか彼女の体は少し震えていた。

それは理由のわからない透からすればひどく不気味に見える。

まさか、父親の死を喜んでいるわけじゃないよな?

そんな疑問を抱いてしまう。

「透はさぁ。この島が嫌いなんだよね。それってこの島の風習とか神様が嫌だってことでいいのかな?」

唐突な質問。

まさか、今ここであの時の話を蒸し返されるとは思っていなかった透は驚く。

このまま、自身の胸の内を吐露するとせっかくのご機嫌な彼女がまた困り顔を見せるかもしれない。

けど、親友の機嫌をうかがって嘘などつきたくないそう思った透は本音を語ることにした。

「そうだよ。正直馬鹿々々しいと思ってる」

この前よりも過激な言葉で回答し彼女の顔をうかがうと思いのほか明理は平然とした表情だった。

「風習が嫌なのは何で?」

再び来る質問にも彼は素直に答える。

「古臭いし、あんまり意味があるものとは思えないもん」

「まぁ。伝統的なものだから古臭いのはしょうがないかもね。意味はあるんだけど」

意外なことに彼女はそう苦笑しながら古臭いという部分は肯定した。

この島の伝統を代々守ってきた星蔵家のものなら必死で否定してくると思ってたのにその対応に拍子抜けする。

「じゃあ神様のヒルは何で嫌うの?」

これは答えてもいいのか?

流石の透も少し迷う。

星蔵の家はこの島の神ヒルを代々奉る祭司の役を務めてきた。

なんでもかつて降臨したヒルを手厚く歓迎しもてなしたのが当時の星蔵の家のもので星蔵はその恩恵として神ヒルからも重宝され多くの恩恵を与えられたという。

島民が星蔵の家を特別視するのは家柄だけではなくその伝説のよるところも大きい。

そんな星蔵のものである明理にヒルを否定する言葉を投げてもいいのか?

迷いはしたが、今さらだと開き直ることで透は本音を語った。

「だって神様なんていない。いないものを崇めたり調べたり貢いだりして馬鹿みたいだよ。やってること無駄だし。無意味だよ」

その瞬間透は明理に手をがっしりと捕まれる。

怒った?

叩かれる?

そんな予感に体をこわばらせると、明理はその言葉を待ってましたとでも言うかのようにニッカリと笑って見せた。

「ついてきて」

興奮気味に歩き出す明理。

その勢いに転びそうになりながらも透は問う。

「どこに行くの?」

その問いに明理は嬉しそうに答える。

「君に神様と会ってもらう」

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