分かり合っていく
「ああ、もう一つ報告しなくてはいけないことがありましたね」
可愛らしい笑顔を引っ込めて、アリシアは手元の資料に視線を落とした。
「各国と亜人、獣人国との交流は滞りなく進んでいます」
「おお、そうだったか。心配してたけど、順調な身体で何よりだ」
「はい、私も嬉しいです」
顔が赤くなりそうなのを堪えながら、自然な風を装うって応える。
「司の提案で始めた交換留学、でしたか。好評ですね。最初でこそ志願者は少なかったですが、オレアスでは四回目には二百人を超える志願者が集まりました。今後、更に交流は深まっていくでしょう」
あの戦いの後、実は獣王リグルスから文句を言われた。
「急いで軍をしたくして手伝いに来たらもう終わってるじゃねぇか!」
ちなみに、忘れてた。それどころではなかったからな。でも援軍を頼んだのに申し訳ないなと思っていると、リグルスはどうやら戦いが終わっていることに怒っていたわけではなかったらしい。
「これじゃあ借りも返せねぇじゃないか! 俺たちのメンツが丸つぶれだ! 何か出来ることはねえのか?」
仁義に厚い男らしい。そういうことだったので提案したのが人間の国との交流を深めること。争いを避けるには互いを理解することから、と言うことで俺は各国の国王が全員知り合いなのを良いことに大規模な交換留学を提案した。
一応、すべての国に教育機関があるということは確認済みだったし、計画は円滑に進んだ。
「あと一年も経たないうちに、親睦は深まるかと思います。それでももちろん不安の声や互いを卑下するような人たちもいますが……そこは少しずつ、解決して行ければなと思っています」
「だな。焦らないことが大切だ」
「はい。ゆっくりと摩擦を減らして行きましょう」
どうやらそれで公的な報告は終わりだったらしい、資料を置いたアリシアが俺が座るソファの向かい側に腰を下ろした。
「そういえば司、カレラから連絡はありましたか?」
「それが無いんだよなぁ。リルには何かあったら教えろよとは言ってあるから、こっちから連絡するのも違うと思って控えてるんだけど」
「まあ、あの二人なら万一にも危ない目にあったりはしないでしょう」
「そうは言ってもダンジョン巡りだからな。ちょっと心配だ」
リルとカレラは戦いが終わってから程なくして、世界中のダンジョンを踏破すると言って出て行った。
「まあ、一年くらいしたら連絡してみると。二人とも長命種だから、たぶん時間の感覚がその内狂いだすだろうけどな」
「そうかもしれませんね」
リルはもちろんのこと、カレラも超人であることと特別なスキルを持っていることがあってリルの推定だと数百年生き続けられる長命種となったらしい。そんな二人なら確かに、世界中のダンジョンを制覇することも夢じゃないだろう。
「私たちも、一つくらい攻略しに行きますか?」
「お、なんだか楽しそうだな。いいんじゃないか?」
「そうですね。またいつか、もう少しだけ暇が出来たら一緒に生きましょうか。楽しみです」
両手を合わせてそういうアリシアに、やっぱりドキッとしてしまう。
これ、やばいな。ちょっと重症かもしれない。
「……なあ、本当に結婚するのか?」
「今更ですか? プロポーズしてくれたのは司ではないですか。その枕詞に政略結婚のようなもの、と付いていたのは残念でしたけど」
「付けないと言えなかったんだよ。と言うか、アプローチしてきたのはアリシアだろうに」
「何のことでしょうか」
つい最近、俺はアリシアにプロポーズした。一国の姫様に個人的に告白とかできるのかと不安だったので、政略結婚なんて言葉を使ったが……。
この半年アリシアに延々言われていたのが、アリシアの高貴の姫を食らってもなんともないのは言い伝えでは生涯のパートナーだけだという。やたらと距離感が近かったり、ちょくちょくアプローチを受けていたのもあって、すっかりその気にさせられてしまった。
してやられた、である。
まあ俺としては強くて可愛いお嫁さんとか前の世界では考えられなかったので嬉しくはあるのだが、アリシアは流石に幼すぎただろうか。歳の差はあまりないが、あと何年か待つべきだったかと思っているところだ。
(司、体が熱いよ?)
(し、知ってる……悪いな、かな。こんなことに付き合わせちゃって)
(ん、だいじょぶ。司と一緒だから、だいじょぶ)
相変わらず、かなはいい子だな。
「ですが、結婚するにあたって私としても少しだけ不安なことがあります」
「そうなのか?」
「はい」
俺たちが結婚、なんて話はいきなりすぎるので公にするのは当分先になるだろう。もしかするとそのことに関係しているのだろうか。
「ソルさん辺りに燃やされないかと」
「そこまではされないだろ」
アリシアは真剣な顔つきだった。
「別に、ソルは俺にそんな感じじゃないと思うけどな」
「いえ、女の勘では間違いなくソルさんは司のことが大好きですよ。まあ最悪、側室として迎える分には私は許容しますが」
「結構強気だなおい」
「ふふっ、これでも天人ですよ? 魔獣には強いんです」
なんてしたたかなお姫様だ。
でも、ソルに好かれている、か。確かにそれはそうなのだろうけど、ソルは結婚とか考えているのだろうか。俺が結婚しようと言っても、どうせ寿命の概念が無い私が結婚しても辛いだけよ、とか言いうんだろうな。
(精霊人は、寿命ないよ?)
(……それ、まじ?)
(ん、まじ。おおまじ)
おっと、大分カジュアルな言葉を使うようになったんだな、かなは。
じゃなくて、そうか。俺寿命ないのか。え、寿命ないの?
(だいじょぶ、何時までもかなが一緒。それに、寿命は無いけど終わりは来るよ。寿命とは違うけど)
(その話はまた今度にしような、頭がこんがらがる)
(ん、分かった)
一応一安心、なのか? 寿命が無い人生とか正直実感なさ過ぎて考えられないんだけど。
「司? どうかしましたか?」
「あ、ああいや、なんでもない。……でもなんか、ほんと変わったよなぁ、俺も。俺の人生も」
「急に黄昏て、何かあったんですか?」
「いいだろ、たまには。柄じゃないかもしれないけどさ」
本当に色々なことがあった。大変なことも、嬉しいことも、辛いこともあったけど、全部乗り越えて来た。その中で仲間を作って、力を得て、戦って、平和を勝ち取った。今では貴族な上に一国のお姫様と結婚? 順風満帆って言葉が霞むくらいに幸せな人生だよな。
まるで――
「司殿、その例えはつまらないから止めておくかの」
「……先を読むな心を読むな個人の部屋に勝手に入って来るなあとベッドの上でお菓子を食べるな。汚れたらどうする」
俺がジト目を向けた先に、ルナがベッドの上に腰掛けてケーキスタンドを抱えていた。
「ここ、アリシアの部屋だぞ」
「どこだろうと関係ないかの。司殿に言わなければいけないことがあった故」
「一先ず、アリシアに挨拶したらどうだ」
「いえ、結構ですよ。ごゆるりとおくつろぎください」
「アリシアもあんまりルナを甘やかすんじゃない……」
本当に神出鬼没なことで。呆れながらにルナを見ていると、立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩いて来た。ケーキスタンドを抱えながらなせいでアホっぽいが。
そんな風に思っていたから、不意を突かれた。
顔を寄せて来たルナに対応しそびれたのは、ルナがその距離間で何かしてくるのが珍しくなかったから。そのくせ驚いてしまったのは、初めてのことだったから。
ほんのり甘い味がした。たぶん、生クリームの味。
「……え、いやまて、ルナお前何をした!?」
「る、ルナ様!?」
「お菓子のおすそ分けかの。じゃ、行くかの」
それだけ言って、ルナは転移して消えてしまった。ほ、本当に何だったんだ!?
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