最終局面

「《魔術・冥府:冥府の使途》」


 ネルの冷たい声が響いた。

 大気を震わすような魔力を乗せて、魔法陣が地面に浮かび上がった。紫色に輝いた魔法陣から、体を宙に浮かばせる漆黒の人型が無数に現れる。彼らの背中には羽が生えており、様相は悪魔に似ているが雰囲気が違う。そもそも、肉体が刺々しく歪だった悪魔と比べて、こちらの輪郭は綺麗な曲線を描いている。


種族:精神生命体・冥府の使途

名前:なし

レベル:66

生命力:6666/6666 攻撃力:6666 防御力:6666 魔力:6666/6666

スキル:魔術・冥府、物理攻撃耐性Ⅵ、魔法耐性Ⅵ、状態異常耐性Ⅵ、魔力自動回復Ⅵ

権利:基本的生存権、魔術使用の権利、自己防衛の権利、自己回復の権利


 馬鹿げたステータスだった。

 冥府と言えば死後の世界を指す言葉だ。だから、すべてがない。無の6ってことだろうか。

 ステータスそれ自体は決して高いとは言えないが、低いとは言い難い。天界でソトが召喚した上位天使たちよりずっと強いし、熾天使や堕天使と比べれば弱いものの、あれは一体ずつしかいなかった。こっちは、全部で百は超えている。


「……司君、あっちの数が多いのは、私が相手するよ」

「リリア?」


 召喚された冥府の使途たちを見据えながら、リリアは緊張した面持ちで言ってくる。


「私じゃ、残念だけどネル様にはどう足掻いたって傷一つ付けられないから。あっちなら、傷くらいは付けられると思う」


 リリアは自分で分かっているのだ。己の力が到底、この戦場では足りないと言うことを。

 俺は、最初であった時リリアは化け物だと思っていた。リリアの中までいる限り、怖いものは何もないと思っていたほどだ。でも、俺はリリアに促された旅の中でずっと強くなって帰って来た。今、リリアは俺がこの世界に来たばかりの頃のように自身の弱さに打ちひしがれているはずだ。

 リリアだってステータスを見れる能力の持ち主、力量差が歴然だと言うことを、知っている。


 リリアの種族であるハイエルフの力はは、リリアが本来受け取るはずだったクイーンエルフの力と比べれば圧倒的に弱い。リリがそうであるように、二代目がそうであるように、本来、もっとずっと強いのだ。リリアからしてみればどうかは分からない。けれど、エルフの長として生まれて、もしかしたら自分の弱さに打ちのめされた日もあったのかもしれない。

 それでも自分の出来ることを探し、実行しようとしている。たとえ大きなことは出来なくても、自分に出来る最大のことをと、そう願って。なら、信頼して任せるのが俺の役割のはずだ。リリアの奴隷として、主を応援することが俺の役目だ。


 主に思いを託されたのなら、それに答えるのが俺の使命だ。


「リリア、任せろ。俺が、俺たちが必ずネルを取り戻す。だから、そっちは頼んだ」

「うん、任せて! 司君たちの邪魔はさせない」

「ああ」


 でも、流石にリリア一人では荷が重い。そう思っていた時、名乗りを上げる者がもう一人いた。


「妾も、そちらを担当しよう」

「ルナ?」

「妾は多くを相手取るほうが得意かの。それに、近接戦闘を得意とするネルとは相性が悪いかの。なあに、これくらいなら、余裕かの」

「いいのか? 出来るだけ大勢でネルを相手したい。それくらいにネルは強い。たぶん、手助けする余裕はないぞ?」

「無論かの。妾の、妾たちの分もネルをよろしく頼むかの」

「そうだよ、司君! 絶対に司君たちの方が大変なんだから、私たちのことは気にしないで! 代わりに、一体も邪魔には行かせないよ」

「そういうことかの」

「二人とも……分かった。二人の分も、ネルにぶつける」


 リリアはレベルやステータスが低くとも、広範囲高威力の攻撃魔法を得意とする。ルナは冥府の使途よりステータスが高く、また、魔術・月光の制圧力は並外れている。正直、二人が冥府の使途たちを相手するならこれ以上頼もしいことはない。

 厳しい戦いになるのも事実だろけど、頑張ってもらいたい。


「ルナ様、お願いします!」

「任されたかの」


 リリアとルナが駆け出した。俺たちも、そしてネルもそれを見送った。


「ってことは、残った私たちで邪神を相手すればいいのよね」

「そういうことだ。皆、行けるか?」


 ソルが言うのに頷いて、振り返る。そこには頼もしい仲間たちがいた。


「ん、絶対に止める」

「私も、微力ながら我が主、ネル様を助けるご協力をさせていただきます」

「司の役に立って見せますよ、必ず」


 ネル、かな、リリ、アリシア。

 これ以上ないくらいの最大戦力が集結していた。


 邪神教の連中はほとんど倒した。勇者の相手は黒江たちが、冥府の使途たちはリリアとルナが。そして、ネルを俺たちが。


 これですべてが終わるはずだ。

 別に世界中の事件がすべて解決するわけではないし、問題は山積みだ。きっと、これが終わったらまた新しい問題が湧いて出て来る。きっと、そんな運命にあるんだと思う。けれど、そんな毎日でいいのかもしれない。変わり映えも無く詰らない日々よりは、ずっと。


 だからここで終わらせる。今回の事件は、一旦終わりにするんだ。


 こっちに来てから大騒ぎの連続だったから、そろそろ緩い人生、送ってみたいんだよ。


「行くぞ、皆!」

「うん!」

「ええ!」

「「はい!」」


 四人分の返事と共に、俺たちはネルへと駆け出した。

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