全身全零の一撃

 凍り付いた世界の中で、白い息をふと吐き出す。触れた氷像に纏わりついて霧散するそれを眺めながら、俺は息を殺していた。


「想像以上に、キツイな、これ」


 全身が痛い。血が巡るのと同じ速さで激痛が体内を駆け抜けていく。

 今の俺は、ただでさえ魔力の残りが少なかったのに無理をして詠唱魔法を使用した。魔力の消費量もさることながら限界まで分割思考を酷使したのもあって肉体的にも限界だ。集中力もいつ途切れてしまうか分からない。


 それに、俺の視界の半分を侵食していた青白い影が少しずつ大きくなっていくのが分かる。限界まで疲労した俺の体では抑え続けることは難しいかもしれない。

 俺が倒れるのが先か、二代目か俺の中にいるあいつが目覚めるのが先か。そんな極限状態を前にして俺の思考は停滞し続けていた。


「やばい、頭回らない。魔法の制御と冷酷帝王食い止めるので、限界だ」


 頭の中身は真っ白だ。もう分割思考も使えない。昔の俺だったら制御できなかったであろう魔法を維持し続けることだけげ精一杯、余裕なんて微塵もない。

 でも、根を上げるなんてことは出来っこない。まだ視界の端で、心配そうに見つめて来るリリアとリリがいる。ここで俺が一つでもミスをすればみんなが危険な目にあうことになるのだ。やはり、俺に足掻き続ける以外の選択肢なんてないのだ。


「さっさと、終わらせるか!」


 手元に魔力は残っていないが、既に解き放った魔力が空気中に充満している。これらの魔力はまだ俺の管理下にあって自由自在に操ることが出来る。この魔力を場所は威力を渋って使うことで最終的に火力を出していくのがパーペ・チュアルだ。

 

 もともとはリルの詠唱魔法、コキュートス・フィールドを参考に俺が改良した魔法。

 コキュートス・フィールドは魔力の押し付けで相手を無理やり凍結させる魔法。魔法に対する耐性が高い相手には効果がないが、魔法を受けたその時点でほとんどの生物は致命傷に至るダメージを負う。

 対して俺のパーペ・チュアルは周辺に存在する全ての熱を奪い、自然と凍結させる魔法。自らとんでもない温度で発熱できるであろうソルや強い結界魔法を扱えるかなに対してどの程度効力があるかは分からないが、攻撃魔法だと思われている間は大抵の敵に効果を発揮する。

 この魔法による凍結ではほとんどダメージを負わない。体の弱い生き物なら凍死したり霜焼けくらいはするかもしれないが、その程度だ。なので凍らせることを主にしたコキュートス・フィールドとは真っ向から趣旨が違う。


 この魔法は凍結させることが目的の魔法ではないのだ。


 以前天界で巨神アトラスと戦った時には副産物である小さな雪のような物を使ったこともあったが、もちろんそんなものが目的でもない。そもそも、たまたま生まれただけのこれでは二代目の肌に傷一つ付けることはできない。

 ならばどうすることが目的なのか。


 簡単だ。時止め能力者がよくやる、動けない相手に対して一方的に攻撃する。それがこの魔法の趣旨だ。そしてそのために魔力制御や脳内のキャパのほとんどを使って発動している。

 そんなことは俺だって分かっており、体内の魔力を全部使ってやっと発動できるこの魔法を使った後の攻撃方法はあらかじめ用意してあるのだ。


 それが――


「《氷解》」


 ――世界を凍り付かせた魔力が破裂し、永遠の終焉が二代目へと終結した。ブラックホールのような渦を描きながら世界が歪曲し、やがて動きを止めていた世界が動き出す。


「クッ、ハッ!?」


 二代目の口から、どっ、と鮮血が噴き出した。肉体を全方位から一瞬のうちに超圧縮された二代目の体は、力なく落下していった。


 例え世界が一度凍り付こうとも、再び時は動き出す。そして動き出すその瞬間に発生するエネルギーを操作して目標にぶつけることで、俺は敵を攻撃している。

 巨神アトラスの時はその全身に、サキュラの王都で使った時は王都中に点在した悪魔たちに。それぞれ分散させていたからこそその威力は決して高くなかった。それにあの頃は今までよりも魔力の操作精度が大分低かった。

 加えて時間経過によって世界を包んでいる魔力の総量はどんどんと減っていく。つまり攻撃までに時間をかければかけるほど威力が下がるのだ。そうは言っても威力を絞るために精密な魔力操作を心がけてしまえば時間は掛かる。


 だが、今回は目標がはっきりしているうえに止まっている時間の中でやりたいことは他にない。たった一人にすべてを集結させて放つだけ、そこまで難しいことでもない。


「司君! 大丈夫?」

「今の魔力……流石ですね、司さん」


 正常に動き出した世界の中で、俺はリリアとリリに声をかけられた。魔力切れで肉体が限界寸前ではあるが、何とか顔を上げて応答する。


「ギリギリな。……あぁ、悪い。肩貸してくれないか?」

「うん、任せて。良かった、本当に」

「はい。二代目も、これで追っては来れないでしょう。今のうちに戻りましょうか」

「ああ。行こうか、みんなの所に」

「うん!」

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