木の家のリリア

 大きな木を改造して作られた家の中から、小さな気配を見つけていた。それには覚えがあった。

 誰でもない俺の主、リリアの物だった。


「リリア? こんなところにいたのか?」


 呟きながら中に入り、リリアがいるはずのリビングに向かう。そこには気の抜けた顔で頬杖を突くリリアの姿があった。相当気を抜いているのだろうか。俺に気付いたよぶりはない。


「リリア?」

「……え? 司君?」


 俺が声をかけ、ゆっくりとこちらを向いて来たリリアは小さく驚いて目を見開いて呟いた。顎は頬の上から退き、リリアは立ち上がっていた。


「こんなところにどうしたの?」

「リリアこそ。こんなところでどうしたんだ? 俺はリリアを探しに来たんだけど」

「そうだったんだ。ごめんね、心配かけて」


 曖昧に笑って見せたリリアの笑顔はどこか引きつっていた。俺のことを歓迎していないというよりは迷惑をかけて申し訳ないとでも思っていそうな表情だった。


「私の役目は終わったから、ここに来ていたんだけど、ネル様から何も聞いてない?」

「役目が終わった? いや、何も聞いてない。役目ってなんだ?」

「そうだな。ちょっと長くなるかもしれないけど、大丈夫?」


 言われて考える。だが仕方がないかと切り替える。あいつらがそう簡単に負けるはずがないし、この戦いがそう簡単に終わるとも思っていない。多少の時間がかかっても問題ないだろう。


「うん。座って話そう」

「そうだね。お茶もお菓子もないけど」

「俺は大丈夫」

「そっか。また今度、何か作ってあげるね」


 そう微笑んだリリアの笑みは本物に見えた。

 その優しい笑みは俺たちが初めて出会った頃に向けられていたそれととても似ていた。


「かなちゃんは?」

「知ってるか? 邪神教が攻めてきてるのは」

「うん、知ってるよ。じゃあ、それと戦ってるの?」

「ああ。まあ、かなはどんどん強くなってるからな。俺よりも戦えるし、今は抑えてもらってる。でも、こうして待ってる間に終わるとは思ってないよ」

「そうだね。あの組織は大きいから。一枚岩じゃないし、いくらかんちゃんでも……他には誰がいるの?」

「ソルとルナ、リル。俺の妹の勇者が率いる勇者パーティーと、リセリアルの勇者。オレアスから女王と、信頼してる騎士が来てるよ」

「たくさん来てるね。勇者ともお友達になったんだ」

「そうだな。本当にたくさん来てるよ」


 少し思い返してみれば、俺はこの世界に最初一人でやって来た。草原に投げ出され、右も左も分からないまま通りかかった馬車に攫われた。奴隷として売り出され倒れがリリアに買われて。それからかなと再会して、リルと出会って。ルナやカレラ、アリシアとも出会った。ソルと遭遇して、エルダードラゴンを倒す過程でネルに出会って。

 黒江と再会したときは嬉しかったし、ヘイルたちとの出会いも騒がしかった。


「あの時、司君を見つけた時ね。珍しい子だなって、そう思ったの。皆が持っているはずの物を持っていなくって。でも代わりに、誰も持っていないようなものを持っていた。そんな司君を、私は知ってみたいと思った。だから好きでもないパーティーに出て、獣人国との交流会の退屈さに耐えて。司君がステージの上に立った時、来てよかったって思ってた」


 リリアはとても幸せような柔らかい笑みを浮かべていた。それは今まで見せたことがないくらい、何かとても暖かくて、甘くて、心地の良い物に包まれているかのように。ふわふわと、ゆったりとした雰囲気を纏ったまま、リリアは言葉を続ける。


「連れて帰って来て。たった少し一緒に過ごすうちに成長していく司君を見ていると楽しくなって、司君が笑う度、何かを成してくれる度私の方も嬉しくなった。かなちゃんを連れ帰って来て、リルさんを仲間にした。私が怖くて部屋から出られなかった時も、同じ時間を過ごしてくれた。あの時間は長い私の一生の中でも、一番楽しい時間だった」


 そんな独白が続くうち、俺は気付いてしまった。

 リリアは俺を見ていない。少し視線を外して、俺の背後の、どこか遠い場所を見ているような。


 両腕を伸ばし、体を起こして天井を見上げたリリア。泣きそうなほどに震えた声が、ゆっくりと時間をかけて零れてくる。


「一緒に遊んで、一緒にご飯を食べて。一緒に眠って一緒に過ごした日々は、一緒に戦ったあの時間は、私にとっての宝物。先はないと思っていた私の生に、確かな彩をくれたんだ」


 リリアはどこか大人で、手の届かない人だと思ってた。立派でしっかりしていて、常に余裕があって。包容力のある優しい女性で。どこか憧れてしまうような存在で、だからこそ、一人でも大丈夫なんだと思ってた。

 俺が一緒に居られなくても、離れていたってリリアのためを想って努力し続けていれば、リリアも笑ってくれると思っていた。だけど、違ったんだ。


 視線を下ろし、机に頬を付けたリリアの横顔。机を濡らす涙が流れる顔には悲し気な笑みが浮かんでいた。


「だから、今までありがとう。私はもう、これ以上ないってくらいの贈り物をもらったよ」


 告げられた言葉の裏側も、リリアの考えもちっともわからなかった。わかりたくないと思ってしまった。その代わり、俺の体は動いていた。

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