世界最強の魔法使い

 宿に戻ろうとしていた俺たちは、しかしルナの言葉で立ち止まる。


「獣王国……?」

「え? ルナ、何か言ったか?」


 それは思わず零れたような呟き。けれど、よく通るルナの声は全員の足を止めさせるに値した。その単語がなかなか聞きなれないものだったと言うのもあるだろうが、それ以上に、ルナの声音が緊迫に満ちているのを、誰もが察したからだろう。


「……今しがた、ソルから念話があったかの。ただ、とても断片的な物だった。これは恐らく、ソルが相当切羽詰まっているか、何者かの妨害を受けている証拠かの」

「どこにいるか、とか言ってたのか?」

「いや……ただ、獣王国、と言う単語だけを呟いていたかの」

「獣王国、か」


 もちろん名前は知っている。と言うか、俺が最初に目覚めたのはそこらしい。俺が奴隷として売りに出された城があったのは獣王国領土の一部だったらしいのだ。他にも邪神復活をもくろんでいたとか、やけに獣人かそうでないかにこだわる集団だとか、それなりの知識はある。だが当然、行ったことはない。


「司殿」

「ああ、分かっている。何があったのか分からないし、ソルも亜人国も心配だけど……。ルナは、そこに何かがあると思うんだな?」

「あえて、ソルがこの言葉を選んだ理由があるはずかの。行ってみる価値があるかの」

「……黒、行ってもいいか?」

「いいよ。でも、条件がある」


 聞いてみると、黒江は難しい顔をして言って来た。まじめな態度で聞いた方がいいかと目を合わせて待っていると、黒江は重苦しい口をゆっくりと開いた。


「私も連れてって」

「いやいいけど。いいけど、小難しい顔してるから何言いだすかと思ったぞ」

「だって、お兄ちゃん断るかと思ったもん」

「なんで?」

「だって、そんな危ないところに連れて行けるわけないだろ! って」


 ……。


「やっぱだめ」

「もう遅いよ。男に二言はないんだから!」

「他人から言われる言葉じゃないと思うんだけどそれ」


 でもまあ、確かに今更だとは思う。それに、黒江も弱いだけの存在じゃあない。この世界では勇者として一定の地位を得ているのだ。俺が心配するようなことでもないだろう。


「ルナも、それでいいか?」

「勝手にするがいいかの。出しゃばって、危険な目にあっても助けられる保証はないかの」

「だとよ」

「大丈夫です! 自分の身は、自分で守れます! ……だけど、テトとリウスはどうする? 無理して付いてこなくても大丈夫だけど」


 自分が俺たちについてくる覚悟はできたのだろう。ルナに対して、黒江は力強く頷いた。けれど、普段黒江と一緒に行動している二人の勇者は、果たしてどんな判断をするのだろうか。

 俺たちが人間でないことを知ったうえで、それを信用したうえで、付いて来ようとするのだろうか。


 ほんの少しの興味が湧いて、耳を傾けてみた。


「僕は、ついて行きますよ。クロには、たくさん助けられましたから」

「無論、俺も付いて行こう。何かに特化した人材と言うのは、周りの数が多いほど輝くものだ。俺の力を、上手く使えるかもしれない」

「いいの? 今から行くのは、人間の敵、獣人の国だよ?」


 二人の意思は受け取った、けれど、一応確認はしておきたい。そんなニュアンスの黒江の問いに、二人は小さく笑った。


「もうすでに、魔獣や獣人と一緒にいますしね」

「ああ、今更だな。それに、獣人が実際にどんな相手なのかは気になっていた。いい機会だろう」

「……そっか。じゃあ、一緒に行こうか!」


 感動したような表情を一瞬、嬉しそうに大きな笑みを浮かべた黒江は二人の手を取って引いてやる。


「と言うわけで、勇者三人、お兄ちゃんたちに合流して一緒に行くことにするよ!」


 そう言い放った黒江の言葉を、しかし予想外の言葉が引き留めた。


「ちょーっと待った! 今の話、盗み聞かせてもらったよ!」

「語弊しかない言い方をするんじゃない」

「え? じゅあ、そんな面白そうな話、私たちにも一枚かませなさい!」

「お前わざとだろ!」


 ため息交じりの男の声と、黒江に負けず劣らず元気でかつアホっぽいセリフ。最近どこかで聞いた声だなと思って声のする方を見てみれば、そこには見知った顔が二つあった。


「おお……双子勇者」

「おしいわ! 私たちは勇者双子ペアレンツ、ヘイルとスーラよ!」

「どっちでもいいけど、何か用か?」


 そう、そこに居たのはつい先日サキュラでお世話になった二人組の勇者、ヘイルとスーラだった。


「いや、さっきから言ってるじゃない。私たちも連れてって、って言ってるのよ」

「なんで?」

「面白そうだから、って言うのと、あんたには借りがあるからね。早いうちに返しておきたいのよ」

「……だってよ、ルナ」


 聞きたいことは沢山あった。どこから聞いていた? なんでここにいる? そもそも俺たちそこまで仲良かったか? などなど疑問は無現に湧いてくるのだが、この際そのほとんどを無視することにした。

 仲間が増えるのなら、それに越したことはないだろうと思ったからだ。


「別に構わないかの。ただ、手綱は握っておくかの」

「了解だ。だとよ、お二人さん」

「なんだか気に食わないけど……スーラもそれでいいわよね?」

「どうせ、止ても止まらないだろうからな」


 スーラがまたも盛大にため息を零した。こいつもこいつで、勢いだけで生きているような奴に振り回されているのだろう。ほんの少しだけその心労が分かる気がした。


「ねえ、お兄ちゃん」

「ん? どうした?」


 二人の印象が強すぎて忘れかけていた我が愛妹に袖を引かれて振り向くと、黒江はそこで小首を傾げた。


「この人たち、誰?」


 空気が、一瞬停滞した。


 また面倒なことになる気配がした。

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