渓谷

 色々ありながらも、俺たちはリセリアルの国境付近までやって来たのだが……。まさか、リセリアルと獣王国との間に渓谷があるだなんて知らなかった。


 幅数十メートル、深さは底知れないその渓谷を前に、俺たちは立ち往生していた。正確には、人間組が、だが。


「無理そうか?」

「流石に、この距離は届かないかな」

「私も、流石にきついわね」


 俺に問いに代表して応える黒江とヘイルの顔は確かに明るくない。

 底なしの谷には勇者も沈むってか。今、上手いこと言った。


「言ってないかの」

「そうか? それなりの出来だったと思うんだがな」

「え? 今何の会話が成立したの?」


 ルナは合い変わらず読心術を使ってくるが、俺も慣れてきた。自然な態度で返答してのけた。そのせいで若干周りが動揺していたが。


「それで、どうする? ルナ、方法はあるか?」

「あるかも何も、範囲転移以外に手段はないかの」

「いや、それに問題があるから聞いてるんだ」

「ほう? 言ってみるかの」


 興味ありそうに頷いたルナに、怯えるように苦笑いを浮かべたのは、テトだ。


「あはは……」


 彼の持つ体質、固有能力である《万能体質》は魔法攻撃を無効化する、という記載ではあるが実は自身に向けられたすべての魔法を無効化してしまえる。いや、してしまう。


「というわけで、少なくともあいつはあっちまで物理的に運ばないといけないんだが、魔法で浮遊しようにもこいつが一緒にいると不安定になるかもしれないだろ?」

「ならば、こういう時のかな嬢であろう?」

「ん? かながどうかしたのか?」


 かなの高速飛翔で渡ろうって魂胆か? 


「出来なくはないと思うけど、この距離を走り切れるか?」

「そうではなく、魔術・精霊のことかの」

「ん?」

「かな嬢、見せてやるかの」

「ん」


 魔術・精霊に何かあるのだろうか。

 ルナに言われたままにかなが一歩前に出て、魔法を発動した。


「《エレメンタルフォース・ワイドホール》」


 パッと開いた緑色のワームホールが、俺たち丸ごとを包み込んで消えて行く。その刹那の間に、俺たちは確かに渓谷の反対側へと転移していた。もちろん、テトも。


「あれ、どうしてあいつ、通れたんだ?」

「本当ですね。僕、この手の魔法も使えたためしがないのに……」


 俺と同じく不思議がるテトに、ルナが歩み寄って口を開く。


「魔術・精霊は言い換えれば精霊が扱う魔法。テトとやらの体質は恐らく自身へと向けられた魔法に対する完全耐性。しかし、精霊程魔法の扱いに長けた者ならば、意識を向けずにそのものに対する魔法を発動することが出来る。それも敵意がない場合に限るのであろうが、要するに、魔術・精霊であれば問題なく使えるということかの」

「なんか、今更だけどかなってやっぱりすごいな」


 精霊の魔法にそんな秘密があったとはな。というかこれは、精霊が、ひいては精霊に愛されたかなが凄いってことになるのだろうか。兎にも角にも、この渓谷を渡れたのならあとは地続きを進むだけだな。


「よし、実質国境を越えたようなものだし、後は進むだけさな。気合い入れ直していくぞ!」

「おー」

「おおー!」


 かなと黒江だけが返事をしてくれた。後は苦笑いか鼻で笑うかのどっちかだった。こいつら乗り悪いな。

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