獣王国へ

 黒江は聞いた、この人誰? と。俺の聞いていた話だと、こいつたち、勇者双子ペアレンツはリセリアルでは知らない人はいない勇者のはずだった。いや、自分で言ってたし盛ってる可能性は十二分にあるが。


「く、クロ、ほらあの有名な双子ペアレンツですよ」

「……だれ?」

「知らないんですか!?」


 どうやらうちの妹が知らないだけでやはり有名だったらしい。


「強いの?」

「そ、そりゃあリセリアル一の勇者と言われているほどですから……」

「ふたりなのに?」

「ふ、二人合わせてだと思いますよ!」


 そんな、本当に何も知らないんだろうことを容易に伺える黒江に、ヘイルが向かって行った。


「ちょっと、あんたこそ何者よ。この私たちを知らないなんて。はっ、潜りね」

「そんなつもりは、ないんですけどね。何分、こっちに来てからあまり時間が経ってませんから。でもまあ、お兄ちゃんの知り合いなら、悪い人じゃないんですかね?」

「ふんっ! 最強の勇者だって言ってるでしょう? 当然よ」


 黒江が敬語なのを見るのは久々だが、あいつは一定以上親しい相手出ないとラフさを発動しない。それを知っている俺は、あ、黒江のやつヘイルを信用してないんだな、と思った。


「……ヘイル、お前こそ知らないのか? こいつら、最近有名な勇者クロ一行だろ」

「え? 何それ?」

「クロ、お前も聞いたことくらいないのか? 王都で最も活躍している勇者の話を」

「知らないけど?」

「「……はぁ……」」


 ため息が重なった。どうやらスーラとリウスは気が合いそうだ。


「で? スーラ、お前はいいのか?」

「どうせ止めても聞かん……だが、俺はまだお前を信頼したわけじゃない。後ろには気をつけろよ?」

「言われるまでもないさ」


 俺だって、こいつやヘイルを信用したわけじゃない。ただ、相手にするのが面倒だから同行を認めただけだ。


「それに、お前がサキュラで何をしたのかは、気になっているからな。お前の力の真相とその全容を暴くまでは、人間の平和のために観察させてもらう」

「ご自由にどうぞ。でも、戦うことになっても容赦はしないぞ」

「こちらのセリフだ」


 スーラはそう言って、今だ黒江と口論を続けているヘイルの下へと向かった。

 まあ、それから色々あって。


 俺たち総勢八人+一匹は、獣王国目指して出発した。


 と言っても馬車での移動などではなく、もちろん徒歩での移動だ。ちなみに俺は獣王国に一応行ったことがあるのだが、その時にいた場所があまりに分からな過ぎて転移できそうになかった。目的地がはっきりとしないまま転移をしようとすると道に迷うとは違うのだが、自分でも知らない場所に転移してしまう可能性があるらしい。

 ルナの言葉によると、過去には地下の空洞に送られ、数十年間地上に出られなかった事例もあるらしい。転移で抜ければいいのでは? と思ったのだが、現在地から目的地までの道筋がはっきりしない場合そのようなことが起こる場合があるらしく、その人は転移をいくら繰り返しても地下から出られなかったんだとか。


 なので、怖がりな俺はやめておいた。


 さて、歩き始めて数分。早速問題が発生した。


「ちょっと、そこは私の位置よ」

「なんで? 私のお兄ちゃんなんだけど」


 なぜか、黒江とヘイルが喧嘩していた。


「と言うか、あなたがそっち側ならこっちが私側でも問題ないでしょう?」

「なんで目の前でお兄ちゃんが知らない女にくっついてるのを見逃せるの? 無理でしょ」

「頑固ね。と言うか、この男をお兄ちゃんって言うのやめなさいよ。なに? 罰ゲーム?」


 非常に失礼なことを言われている気がするが……。

 今の現状を確認しておくと、ヘイルと黒江が俺の隣をお互い陣取って俺を挟んで口論をしているのだ。なぜか、俺の隣を巡って。


 いや、黒江はまあ分かる。ただ、ヘイルはなぜなのか。困惑の表情を浮かべてスーラを見てみると、あいつも困惑したような表情を浮かべていた。どうやら分からないらしい。ルナも見てみたのだが、かなと一緒にいつの間にか抱えていたケーキスタンドのお菓子を頬張っていた。やっぱり余裕あっただろあいつ。

 ちなみに、男三人は雑談をするでもなく全員静かに後ろをついて来ていた。あまりに大人しすぎて某ゲームの従者のようだった。ほらあの、主人公を動かすと後ろをついてくるやつ。


 いや、俺は誰に説明しているんだ。


「で、君たちはなんで俺の隣を奪い合おうとしてるんだい?」

「え? だってあんたが他の子たちにないするか分からないでしょ? ちゃんと近くで見張っておかないと」

「知らない女がお兄ちゃんの的なりを歩いてるんだよ? 妹として心配じゃん」

「ああはい、そうですか」


 聞いた感じ、妥協案は見つかりそうもなかったので大人しくしておくことにする。特に実害があるわけでもないので、気にしなければ大丈夫だろう。


「ほら、お兄ちゃん困ってるじゃん。離れてよ」

「そうは言ってもね、こいつは危険なのよ? あんたがなんで慕ってるのかは分からないけど、何百体もの悪魔を瞬殺してのけるんだからね?」

「いいことじゃん。悪魔退治なんて」

「ふんっ、私はその裏に何かがあるとしか思えないのよね」

「言いがかりは辞めなよ。それに、お兄ちゃんからは悪の匂いがしないもん。悪いことをしてるはずがないよ!」

「何よそれ、根拠はどこよ!」

「私が根拠!」

「「ぬぬぬぬぬぬ」」


 ……ダメだ、このままだと俺の鼓膜が持たん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る