それは遥か昔の物語

 それは遠い遠い昔の話。神によってこの世界が作られ、生物が誕生し始めたあたりの、そんな昔の話。


「私はソル。神にそう名付けられたわ」

「私はネル。それが私の与えられた名前」

「妾はルナというかの。よろしくお願いするかの」


 その場には三体の魔獣が鎮座していた。

 一匹は流れるような金色の衣を持った狐。

 一匹は純黒の毛を靡かせる猫。

 もう一匹は銀色の毛皮を纏う犬。

 それらの魔獣は今世界が生まれるのとほぼ同時期に神によって召喚された魔獣たち。原初の魔獣のうちのその三体であった。それぞれが強力な力を持ち、個々で巨大なテリトリーを築くのも容易だったはずだが、その三匹は出会ったその時から行動を共にしていた。理由は簡単だ。強者は群れないというが、今この世界には彼女たち・・・・以上の脅威が存在する。

 各々が生き残るため協力しているというわけである。つまり、生存本能に従った行動だ。彼女たちが三人集まってやっと抗えるくらいの存在がいるというだけで、この世界のバランスの可笑しさが容易にうかがえる。と言っても、その存在は強さしか求めないため襲われるのは強者だけだ。その強者に彼女たちが含まれるため彼女たちにとってはどうでもいいことなのだが。


「ソル。あなたは擬人化が上手ですね。私はあまり慣れないです」

「私だって別に擬人化が得意ってわけじゃないわ。ただ、こっちの姿の方が消耗が少ないのよ。いつ襲われるのかもわからないから、力は出来るだけ蓄えておきたいわ」

「ソルは警戒しすぎかの。もっと気を抜いたほうが楽かの」

「あなたね! あいつに襲われる恐怖を、あなたは分かっているの!? ほんっとうに怖かったんだからね!?」

「ああ、確かソルはあいつに襲われたことがありましたね。どんな感じでしたか? やはり、恐ろしく強かったのでしょうね」

「そりゃもうこの世の終わりかと思ったわ。自分でもよく逃げ切れたものだと思うわよ」

「それは妾も観ていたし、実際かなり危なかったように思うかの」

「そこよ! 私が気にしているのは! あんた、あの時はまだ仲間じゃなかったとはいえ見捨てたでしょ!? あんたの魔法反射があればもっと簡単に逃げられたのに!」


 二匹の獣と一人の少女がユグドラシルの木の上で言い争っていた。少女はその金髪を振り乱しながらまくし立てる。


「私の接触してきたものを燃やし尽くす能力とあんたの魔力の力を操作する能力。この二つがあれば倒せるとは言わずともやられることもないし簡単に逃げ切れるわ! それなのに、あんたあの時協力してくれなかっわよね!」


 そんな少女の言葉に、擬人化した狼が妖艶な笑みを浮かべて答える。


「当然かの。わざわざあいつ相手に標的になりに行く必要はなかったはずかの」

「そ、それはそうだけど!」

「まあまあ、二人とも落ち着いてください」


 そんな二人の間に黒色の猫耳を生やした少女が割って入った。


「ルナの言う通り当時の私たちは味方ってわけじゃなかったんだから、助けてもらえなくても仕方ないですよ、ソル」

「分かってるわよ。ただ、あの時見捨てておいて私たちの仲間に入り、尚且つ今こうやってあいつに対する警戒心が薄いことにイラついてるの!」

「それは私もその通りだと思います。ルナ、もう少し気を引き締めてください。以前この近くであいつが出現したと報告したでしょう?」

「だから、それこそ妾とソルの二人がいれば時間稼ぎができるかの。その間にあなたお得意の魔術・空間で逃げる。この動きができるのだから何も問題はないかの」

「「……はぁ」」


 二人の必死の訴えに対していまだ飄々とした態度の銀髪犬耳少女に、二人は肩を落とした。ユグドラシルの木の上で、二人分のため息がこぼれた。


「つい二年前に襲われて消耗も激しいっていうのに、また襲われるなんて勘弁だわ。ユグドラシルの精霊の力で回復は早いけど、それでもまだ万全には程遠い」

「あいつのブレスはこちらのスキルを一定時間弱体化してくる上に回復を遅らせるから厄介ですよね。そうでなければあいつを見つけたその時に魔術・空間で逃げられるのに」

「確かに、その通りかの。妾が回復魔法を試してみることもできるかの」

「あんたの魔法は私に対して効果がないわ」

「同じく」

「それもまた厄介なところかの」


 三人の言う通り、ルナの回復魔法は二人には通用しない。理由は簡単、神がそう定めたから。そもそも原初の魔獣たちは群れないはずなのだ。それなのに原初の魔獣の中の一匹が偶然突出した力を得たことで原初の魔獣たちの中で格差が生じ、群れる必要ができた。だが、元々群れないはずの原初の魔獣たちはお互いの回復魔法や強化魔法の効果が適用されないという特性がある。理由も原理もわからない。ただ、神が決めたことだから仕方ない。


「森羅万象にも解決策はありませんし、困りものです」

「まあ、私たちが回復魔法を自分で使えるようになるのが一番なんだろうけどね」

「魔術・陽光と魔術・冥府にはその類の魔法がありませんからね」

「魔術・冥府にはまだライフドレインとかがあるじゃない」

「あれは大量虐殺を引き起こしますからね。そんなことをしたらあいつに目を付けられます」

「それもそうね。はぁ……本当に、あいつさえいなければもう少しましな生活を送れるのに」


 頭を抱え、悩まし気にため息を吐く金髪狐耳少女の肩に、黒髪猫耳少女が手を添える。飄々とした様子の銀髪犬耳少女も困り顔を浮かべていた。


 これは、そんな少女たちの物語。この世界始まって以来類を見ない、大罪の始まりのお話。

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