狂える者
狂気に染まったその目は、正確に物をとらえているかどうかすらわからなかったが、それでも確かにこちらを見ていた。俺の動きをとらえられただけでも十分すごいとは思うが、あいつはそれ以上の存在ではなかった。それだけだ。
「
俺の手に魔力がこもるのがわかる。両手を地面にめり込ませたままこちらを睨むそいつに、俺は一撃を放った。
ゴッ
相手の背中に放たれた俺の手刀によって、鈍い音が響いた。多分、あばら骨にまで響いたのではないだろうか。それなりの威力であったはずだが、生命力は予想通り四分の一ほどしか減っていない。
隙をさらす覚悟で使ったハードストライクですらこの程度。このままでは、どうしても時間がかかってしまいそうだ。時間をかけることが悪いわけではないが、長い間戦い続けると王女が不審がる。今までの戦い方と、何かが違わないか?って。出来れば早期決戦と行きたかった。
背骨を強打された相手は、猛獣のように怒りをむき出しにした表情でこちらを睨む。さらに高まった殺意を放ちながら、こちらに駆け出してきた。
大きな踏み込み、大ぶりの拳、鈍足な足技。全て重く、遅い。戦術なんて知ったことない、とでも言わんばかりの脳筋特攻とでもいうのだろうか。先ほど打ちのめされたことすら忘れてしまったようだ。
相手の右手の拳が大振りで迫ってくるが、バックステップで軽くかわす。さらに踏み込んできた相手の蹴りが正面に飛んでくるが、側面から足首らへんを小突いて軌道をずらし、半身になってそれを躱す。側面に回り込んだところで、反撃を放つ。
「―――!?」
俺の動きに合わせて顔だけは動かしていた相手の顔面に、俺の拳がヒットした。鼻さきに繰り出されたパンチは見事に相手の顔をえぐり、数メートルほどその体を後方へ浮かした。血でも吐くのではないかと思う勢いで息を吹き出しながら、相手は舞台の上を地面を削りながら滑る。
すかさず追撃のために距離を詰め、仰向けになった相手の顔面にかかと落としでも繰り出そうかとしたとき、変化は起きた。
気配察知で気づいた俺は、瞬時に後方に跳ぶ。数瞬の後、俺が先ほどまでいた場所が大きくえぐられた。砂埃が酷くて直視はできないが、見なくてもわかる。地面をえぐったのはあいつだ。きっと、狂える者が完全にやつの脳を支配したのだろう。本来生物が抱える制約である脳のリミッターが解除されたようだ。
そうなると、生き物の身体能力は負担を気にせず暴れまわるため数倍にまで膨れ上がる。
あいつの速度は先ほどまでとはくらべものにもならない。音速に近しい速度で移動する人間、って、やばいよな。書くいう俺も本気を出せば不可能ではない。冷徹者が発動すれば、実質光速のようなものだしな。
最上級の生物に近しい身体能力を得た相手は、勢いよく俺に突撃してくる。今度のは、躱せない!?
鋭く放たれたストレートは、俺の胸元に飛び込んできた。躱そうとも思ったが足運びが間に合わない。それに、間合いが把握できなかった。早すぎて、どれくらい後方に跳んだら躱しきれるかの予想が間に合わなかったのだ。思考加速を全力で使ってるのにこの結果とは、恐れ入る。
とっさに俺は両手を胸元で交差して、皮膚剛化を発動する。魔力が籠った両手は確かに相手の拳を受け止めたが、その代償に激痛が走った。噛まれたとか、切られたとかとはまた別の感覚。鈍痛、とでもいうのだろうか。全身に響く攻撃だった。
さらに俺の体は容易に吹き飛ばされた。足が数十センチ宙に浮き、後方に二メートル近く吹っ飛ぶ。足が地面に着いてからも踏ん張る暇すらなく、さらに数メートル地面をすべる。
俺の着地際に攻撃を仕掛けてきた相手にたいして、今度は防御ではなく反撃に打って出ることにする。
気配察知で確認しなくては読み切れない軌道のアッパーのような相手の打撃にたいして、俺は敢えて踏み込む。
間合いの内側に入り、相手の顔面を捉えた。皮膚剛化を発動し、頭突きをかます。身体能力が上がっても、ステータスがそこまで上がるわけではないし、肉体そのものの強度なんかはそこまで変わらない。確かに脳髄を揺らすだけの衝撃を与えたので、引っ込めた拳の攻撃を受けないように身を低くしてバックステップを踏み、相手の間合いの外に出る。
相手はかなりのダメージを受けたらしく、少しふらついている。それでもなりふり構うつもりはないのか、千鳥足でありながらも連撃を放ってくる。カレラの扱う槍のように鋭く早い刺突が十数発続く。足運びだけでかわしきったが、かなりギリギリだったと思う。
その連撃を止めたのは俺の足だ。エビぞりになって攻撃をかわし、足払いで相手の体を浮かせる。すかさず真下に入りこみ、その腹に拳を叩きつける。コンボのように、次は横に、上に、下に、バウンドしたところをもう一度横に、という感じで飛ばしていく。
一発一発の威力は低いが、それなりの回数を稼いだ。相手の残り生命力は三分の一を切った。
そして、今度は魔力感知に反応があった。反応元は今まさに地面に倒れ伏す目の前の男。感じたのは、以前倒した悪魔に近しい魔力。その魔力は膨れ上がり、破裂するかのように男を中心に渦巻く。何事か、なんて考えている暇はなかった。
俺は直感的に、放置したらやばい、と判断した。
「
男の体が球状の氷のドームに包まれる。一瞬の後、ドームが砕けた。内部で大きな魔力爆発が起こったことは確認済みだ。男の体は一応残っているが、手当てをしなければすぐに壊れる。念話でかなを呼び、回復魔法をかけてもらった。何が起こったのか、という推測は必要ない。
内部魔力爆発。ブラックファングでもあった、不可思議な現象だ。悪魔の時に初めて見た現象だが、持っている魔力が死と同等のダメージを受けた衝撃か何かで破裂する、というものだとリルと予想していた。まさか人間でも起こるとは思っていなかったが、ありえない話ではないのだろうな。特に、こいつみたいに魔力が無駄に多い人間では、不思議でもない。でも、多いと言ってもブラックファングの半分程度だ。
爆発の規模がかなり小さかったことを考えるに、持っている魔力によってその爆発の威力も変わってくるのだろう。それでも人間にとっては致命傷なので、大きな問題ではあった。
何が原因なのか、ということは分かっていない。爆発する魔力が皆似たような性質である、ということは分かっているが、それだけだ。でも、どうにも誰かの意思が関わってるっぽいんだよね。計画性があるというか、共通点が多すぎるし、いわゆる同一犯の犯行だと思われた。
それが誰なのか分かれば楽だが、現状ではどんな予想も邪推の域を出ないだろう。だが、気になることがあった。リル曰く、この前戦ったデロイトという男。あいつからも似たような間力を感じたという。俺には分からなかったが、リルが言うには拳に籠められた魔力から、微量ではあるが以前倒した悪魔の魔力に似た性質の魔力を感じたそうだ。
リルが個人的に調べているようだし、そのうち何者か分かるかもしれない。
さて、そんなことは一旦おいておこう。倒れ伏し、俺の魔法に包まれ、その魔法がはじけ飛んだあと微動だにしない男を見て、試合の結果が出たようだ。
「――――――――――!」
「「「「うおおおおおおッ!」」」」
多分、司会は勝者、司!とか言ってると思う。観客の声は分かったぞ?感情がこもった熱い声援だったな。というか、大声出してるだけだからかなんとなくわかってしまった。伝えたいことではなくて感情を込めただけの声なら、ある程度はわかってしまうのかもしれない。
そう思っていると――
《報告:言語への理解度が上昇しました。一定数の言語の解析が終了。聞き取り可能語彙が増加しました》
――としんさんに告げられた。どうやらしんさんが頑張ってくれたらしい。これは嬉しい報告だな。これで少しは雰囲気に合わせられるのではないだろうか。ちょっとばかりこれからが楽しみになってきたぞ?
というわけで、俺の準々決勝は無事に勝利を収めて終了となった。気がかりは残るが、それを調べるのは俺の仕事ではない。あとはリルとルナに任せることにする。一応、この試合で起こったことと相手の固有能力について、俺の予想を念話で伝えた。
準決勝一戦目は我らがかなとカレラの試合だ。どうなるか、非常に見者である。二人とも、頑張ってくれよ!そう言えば、カレラは大丈夫なのだろうか。試合が終わってすぐ見舞いに行ったが合わせてもらえなかったし、もしかして試合は棄権か?と思っていたところ、控室の扉が開いてカレラが入ってきた。
「―――――」
はにかみながらカレラが何か言ってきたが、理解はできない。きっと、恥ずかしい姿を見せたとか、そんなことを言っているのだろう。念話でカレラにリルはこの場にいないと伝えてもらって、ついでに二人とも頑張れよという激励も送っておいた。
本日の武闘会も終盤を迎えた。残りの試合の間、何も起こらないはずもなく。激動の武闘会は大混乱へと陥ることになる。
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