真実

「え? 耳? かな様に耳!? ど、どういうことですか!?」

「あいつは獣人、ただそれだけだ」

「ええ!? そうだったのですか!? 全く気づきませんでした……ですが、どうして獣人が。……あの、もしかしてなんですけど、お二人も獣人だったり?」


 かながフードを外し、耳を丸出しにして毛を逆立たせ、その凶悪そうな爪をあらわにしたことでカレラに正体がばれてしまった。

 そこからリルが立ちも獣人なのではないか、という疑問を抱くのは自然流れだろう。


「いいや、我らは獣人ではない」

「そうかの。獣人は耳や尻尾をしまうことなんてできない故、見てもらえれば分かるかの」


 二人は自信満々にそう答えた。あらかじめ嘘ではない騙し方を考えておいたのだろうか。なるほど、準備は万端というわけだ。


「た、確かに耳や尻尾は見当たりませんね……では、お二人は人間なのですか?」

「「……」」


 二人は、黙り込んだ。プライドが邪魔してか、それともカレラを騙すのを良しとしないからか。どうやら嘘はつけないようだった。


「え? ……あの、その、え? 人間ではないん、ですか?」

「ま、まあ、種族的には、この体は人間ではないな」

「と、言いますと……やはり、司殿も超人なのですか?」

「あ、ああ……や、やはりということは、予想はしていたのだな?」


 おいおいリルさん、思いっきり目が泳いでいるぞ。カレラは降ってきている雪のせいで気づいていなさそうだが。


「はい、キーレさんと互角に戦える、というだけで人間離れしているというのは理解できましたから。もしかしたら、とは思っていました」


 確かに推測はできるだろうな。キーレと互角という時点でカレラよりは強いと判明しているのだから、超人ではないか? と疑うことはするはずだ。

 確信はなかったが、今判明した、という感じだろうか。一瞬危なかったが、どうにかごまかせ――


「では、やはりルナ様も超人なのですか? それとも、オレアスを建国としたと言われる剣聖と同じ聖人だったりしますか? キーレさんをあそこまで圧倒したのです、そうだと言われても驚きはしません」

「……」

「……」

「……」

「……え? あの、違うのですか?」

「違うかの」

「じゃあ、ルナ様は一体……?」

「……」


 ルナは人間でも超人でも聖人でもないということは明かしても、正体に関しては直接明かすつもりはないらしい。


「そう言えば、ルナという名前は古事記で見たことがありましたね。確か、原初の月狼が神に与えられた名前なのだとか。もしかして、本物の月狼だったりしますか?」


 ふふふ、と冗談っぽく笑うカレラに帰っていったのは、沈黙だった。


「え、いや、その、何か……言ってくれませんか? あの、えっ……ほ、本当に? まさか、いや、そんなこと、ない……ですよね?」

「……妾の口からは、ちょっと、言えないかの……」


 ルナは思いっきり目をそらしながら言った。


「え、ええ……あの、私としてはさすがに魔獣が王都に侵入しているという事実を公表しないわけにはいかないのですが……」

「それは、そうだろうな……。仕方がない、真実を話すとしよう」

「そうするしかなさそうかの。カレラ嬢の言う通り、妾は月狼。人間にとっての天災、原初の七魔獣の一柱かの」


 いや、ちょっと待て。そんな大仰な肩書俺は初めて聞いたぞ?


「では、司様は? ただの超人、ではないのですよね?」

「ああ。我の真の名はリル。もともとフェンリルだ」

「フェンリル……天災と呼ばれる狼の魔獣が二体も……。……あの、もしかして私はここで死ぬのですか?」


 まあ、もしこれが映画かなんかなら『ふっふっふ、お前は知りすぎた』などと言われて抹殺されるだろうが……幸いなことにそれは俺達には当てはまらない。


「目的のためならば、何人殺しても構わない、確かに我はそう考えている」

「そう、ですよね……どういう理由かはわかりませんが、悪魔を相手取って都市を救ってまで王都に潜り込んだのですから、それくらいの覚悟はありますよね」


 リルに言葉を告げられると、カレラは至って冷静にそう返した。


「ふむ、かなり落ち着いていたな。なみの人間なら取り乱し、この雪山で勝手に遭難して自滅してくれそうなの物だが」

「ふふふ、私だって仮にも高貴な血を引く者。いくら絶望的な状況であろうと、惨めな死にざまなど晒しませんよ」

「そうか……では、一つだけいいことを聞かせてやろう」

「いいこと、ですか?」

「ああ」


 首をかしげるカレラに、リルはニヤリと笑みを浮かべて言う。


「我は目的達成のためならば、いくらだって命を奪う、その覚悟はある。だが、だからと言って邪魔ものを片っ端から殺す、というわけではないのだ」

「……と、言いますと?」


 一瞬、カレラの表情が少しだけ明るくなった気がした。


「我は貴女を殺すつもりはない、そう言っているのだよ。なぁに、甘いと思ってくれてかまわない。今すぐにでも王都に戻り、報告をしてしまいたいのならすればいい。だがな、勘違いはするなよ? いついかなる時でも、貴女の命を奪うことなど容易であるということを」

「……ふふふ、リルさんはお優しいのですね」

「違うな。世間知らずなだけだ。久しぶりの人間との時間、それを過ごすのが楽しくて仕方がない。だから、世間の厳しさを知らず、甘い判断を下してしまうのだ」

「妾も右に同じかの。せっかく出会った人間を、親密に言葉を交わした存在を、同じ釜の飯を食し、同じ部屋で一夜を共にした仲間を、簡単に殺すなどという決断を下すことはできないかの」


 やっぱりつくづく思うのだが、リルは一度仲良くなった相手には心底甘いと思う。

 このカレラに向ける優しさを、他の人間に多少分けても罰は当たらないと思うのだが。ルナもルナだ。そこはリルを説得する場面だろうが。

 かく言う俺も、目の前の美少女を殺す気になれず、特に何も告げないのだった。


「さて、このままかな嬢に任せてしまってもいいが」

「妾も少しばかり遊んでみたいかの」

「そういうことでしたら、私も白竜と手合わせしてみたいです」

「いいだろう。では司殿、久しぶりに全力を出す。サポートは頼んだぞ」

(りょーかーい)


 どうやら今回は仕事があるらしい。


「え? もしかして司殿は実在するのですか?」

「ああ。今この体には我の魂と司殿の魂が混在している状態でな。しっかりとこの体の中に自我が存在しているのだ」

「どんな原理なのか、想像もつきませんね」


 楽しそうに笑いながら、そんなことを言うカレラ。リルもまた笑みを返し、空を見据える。


 そこには白竜と空中戦を行うかなの姿があった。

 さすがに空はあちらのフィールド。かなは若干押され気味だった。

 白竜は白色の肌を持つ竜で、全長は三十メートルを超える。その長い体も太く、直径は十メートル近いだろうか。複雑に曲がる角と、体を浮かせるための三対の白く大きな羽を持っている。四足も付いており、ある程度ならば地上戦もできそうだ。

 白竜のレベルは78。ステータスは俺たちが戦った時のリルに匹敵する。だが、今更その程度は脅威ですらない。


 かなのステータスはデストロイヤーとウォーリアーのステータスをプラスすることで白竜のステータスに迫ろうとしている。精霊完全支配を発動すれば、一瞬で戦況はひっくり返るだろう。

 それをしないのは、かなに白竜との戦闘を楽しむ余裕があるからに他ならなかった。押され気味? 関係ない。そんな状況すらも成長の糧として楽しんでしまう、それがかなだった。


「では、さっさと地面に落としてやるかの。《ナイトメア》、《ムーンフォース・グラビティ》」


 すでに耳や尻尾を隠すことをやめているルナは、魔術・月光を隠そうとはしない。迷いもなく魔法を発動した。


 ムーンフォース・グラビティ。月の重力を操ることのできる能力で、ナイトメアによって夜になった今の状況ならば、圧で押しつぶしたりはできないにしても、前後左右上下、あらゆる方向に振り回すことならばできる。

 

 予想通り、ルナの魔法を受けた白竜は勢いよく地面にたたきつけられた。


(むう、もう少しお話ししていればよかったのに)

(ごめんなかな、リルたちもやる気になっちまったみたいだ)

(まあ、かなはもう楽しんだし、あとは譲ってあげる)

(ありがとな)

(ううん、気にしないで)


 白竜との戦闘を中断させられたかなは、以外にも大人の対応をして見せた。

 これじゃあリルたちとかなどっちが年上かわからないな。まあ、実年齢は比べるまでもなくリルたちの方が上だが。


「さて、まずは手始めに《ムーンフォース・アサルト》」


 ルナの手元に小さな光の球が現れ、それが白竜に向けて一直線に進む。


 地面に叩きつけられ、大きく雪が舞っていたため前が見えなかったからか、それとも態勢が完全に整いきってなかったためか、白竜は反応すらできずその羽を光のたまに穿たれた。


 グアアアアア!?


 大きく叫び声をあげた白竜は、傷ついた羽でもわずかに浮かび上がり、地面とほぼ垂直にこちらに向かって突撃してくる。


「ここは私が!」


 カレラが前に出て、槍を構える。音を置き去りにするかのようなスピードで接近してくる白竜。細く長いその体を、カレラは直前で躱した。

 しかし白竜とて強者に数えられる生物、そんなことは予測していたとでもいうかのごとく、尾の方を曲げてカレラにぶつけようとする。だが、カレラはそれよりも一枚上手だった。


「槍術、《ワイドブレイク》」


 カレラは槍を薙ぎ払うかのように大きく振るい、白竜の尾を切り裂いた。

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